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UFCヘビー大激突は圧巻決着、怪物ガヌー新王者に

<UFC260大会>◇27日(日本時間28日)◇米ネバダ州ラスベガス・UFC APEX

UFCヘビー級タイトルマッチ5分5回は、「捕食者」と呼ばれる挑戦者の同級1位フランシス・ガヌー(34=カメルーン)が2回KOで念願の新王者となった。

約3年2カ月ぶりの再戦となる王者スティペ・ミオシッチ(38=米国)に挑戦。2回52秒、KO勝利を収め、UFCヘビー級大激突と呼ばれた1戦を制した。

1回から強烈な右オーバーハンドをハードヒットさせると、2回には右ストレートから左フックでダウンを奪った。何とか立ち上がったミオシッチに対し、さらにカウンターの左フックでダウンを追加し、悲願のUFCヘビー級王座を獲得した。

輝くUFCベルトを腰に巻いたガヌーは「カウンターで相手のパンチも当たっていが、コーチもチームも大丈夫だと言われていたし、リラックスしてと自分に言い聞かせていた。落ちつこうと。自分は良い気分で戦えていることを心に語りかけた。落ちついてカウンターを仕掛けることができた」と満足そうな表情を浮かべた。

18年1月のUFC220大会でミオシッチに初挑戦し、5回判定負けを喫していた。リベンジマッチを制し「(敗戦は)格闘技における素晴らしいことだ。実は前回の試合は負けたと思っていない。格闘家と成長したし、負けから学んだ。すべて学んで成長できた。それがさらに自分を高みに連れて行ってくれた」と謙虚な姿勢。17年から練習拠点をフランスから米国に移し、UFCのトレーニング施設で鍛錬してきた。もともとパンチ力は約93馬力とファミリーカー並みのパワーを持っていた。さらにパンチ技術を磨き、ついにミオシッチを倒した。

カメルーンのバティエ村の貧困家庭に生まれ、両親は6歳の時に離婚。貧しく、学校に通うこともできなかった。26歳の時、ボクサーになろうとフランスに渡ったものの、路上生活を強いられた。ようやく住み込みのジムをみつけ、13年に総合格闘家デビューを果たし、29歳の時にUFCと契約を結んだ。「ずっと見ていてくれた人に感謝したい。すべて自分との約束だった。信じて進んでいくことが素晴らしい。周囲の疑念は自分が夢を実現させていくことで払拭(ふっしょく)できている。満足感を今、感じている。幼少期のこともあるが、今は幸せだ」

15年12月のUFC初試合から5年3カ月。18年にはミオシッチに敗れ、限界説もささやかれていたが、ガヌーは「怪物」としての存在感を示した。「ここで(王座戴冠にふさわしい)言葉が見つかるかは分からない。でも最高の気分。試合は仕事だからするが、これ以上に最高なことはない。若いころ、必ずトップになると思っていた。それが自分との約束だったから。もっと強くなりたい。そのためにここにいる」。UFC版の映画「ゴジラVSコング」とも呼ばれたヘビー級大激突は、苦労人のガヌーが頂点に立っていた。

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才賀紀左衛門「1番近くにいた人間に騙されていた」

才賀紀左衛門

格闘家の才賀紀左衛門(31)が、「1番近くにいて信用していた人間に騙されていた」と明かし、胸の内をつづった。

才賀は1日、ブログを更新。「人生って難しいし面白いよな 最近1番近くにいて信用していた人間に騙されていた事に気づいた僕、、、、」と書き出し、「あぁ なんか寂しいけどこんな思いを他の人に絶対させたらアカンって思ったね 僕には大切な家族がいるから騙されたらアカンしもう騙されないように気をつけないとアカンけど騙すより騙されてる方がまだ人としてエェかな」と吐露した。

「20代前半の僕ならイケイケでやんちゃやったから騙されたらこの野郎って思ったけど今の僕はなんか寂しいというかめちゃくちゃ長い付き合いやったのでなんか怒りより悲しい気持ちになったな 人間って成長するね!笑」と才賀。シングルファーザーになってからの心境の変化をつづり、「それも全て娘のおかげ 人ってすごいな 自分でいうのはあれやけどこんなに変わるんだな 成長はいくつになってもする!子育ては子供だけじゃない親も成長させてくれる」と感謝。「俺はこの先も娘の為に家族の為に毎日の生活をキチンとして人に対してキチンとした対応をし天狗にならず学びの気持ちを忘れずに生活するよ」と前向きな思いをつづった。

才賀はタレントのあびる優と14年9月に結婚し、15年5月に長女が誕生したが、19年12月に離婚した。長女の親権は才賀が持ち、SNSでは子育ての様子もつづっている。(原文まま)

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ジョン・シナが12歳年下恋人と再婚 12日に挙式

ジョン・シナ(2013年7月4日撮影)

米プロレスWWEの人気スター選手で、現在はハリウッド俳優としても活躍するジョン・シナ(43)が12歳年下の恋人と再婚したと15日、米英メディアが報じた。

カナダ人の恋人シェイ・シャリアツァデさん(31)と10月初旬に米フロリダ州で婚姻届を提出し、12日には同州タンパで極秘で結婚式を挙げたという。シナは19年はじめにシャリアツァデさんと出会い交際を開始。同年10月の映画イベントでカメラの前で手をつないでレッドカーペットを歩き、真剣交際を認める発言をしていた。

シナは09年に結婚したエリザベス・フバードーさんと12年に離婚。その後、WWEで活躍するニッキー・ベラと約6年間交際していたが、18年5月に破局を迎えていた。

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魔裟斗、コロナでも矢沢心と円満「ほぼ毎日家ご飯」

魔裟斗

元K-1王者の魔裟斗(41)が、新型コロナウイルスによる“巣ごもり”が続く中でも変わらない夫婦円満ぶりを明かした。

魔娑斗は3日、インスタグラムを更新し、妻でタレントの矢沢心(39)と自宅のソファに並んで座った笑顔のツーショットをアップ。「コロナ離婚と言うのが流行っているらしい 我が家は選手の頃から15年程ほぼ毎日 家ご飯」と、コロナ離婚“どこ吹く風”とばかりにつづり、「今は我慢の時!」と呼びかけた。

仲むつまじい夫婦の写真に、ファンからは「素敵な関係が伝わる良い写真ですね」「理想な夫婦」「お手本にしたい夫婦です!」といったコメントが多数寄せられた。

魔裟斗と矢沢は2007年2月に結婚。12年6月に第1子女児、14年9月に第2子女児、19年1月に第3子男児が誕生した。

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山口臣場デビュー40秒TKO勝ち 元世界王者長男

1回TKOでプロデビュー勝利の山口臣場

<ボクシング56キロ契約4回戦>◇10日◇東京・後楽園ホール

世界王者2世が1回KOでプロデビューを飾った。元WBA世界ライトフライ級王者山口圭司氏(45)の長男臣場(しんば=19=白井具志堅)が、バンチャー・ナティーキリカーン(タイ)と対戦。

初回早々に右ストレートで強烈なダウンを奪った。レフェリーはノーカウントでストップし、1回40秒TKO勝ちを収めた。

「左のフェイントから右クロスは想像していた。もっとかかるかと思ったが、うまく決まった。うれしいけど実感ない」。初の後楽園ホールで鮮やかデビューにも半信半疑のようだった。

4歳の時に両親が離婚し、東京から沖縄・那覇に移り住んだ。中1で「なんかやりたくなった」と、奥武山武道館のリングで見よう見まねでボクシングを始めた。本格指導を受けたことはほとんどない。

沖縄水産高ではインターハイ出場も「40戦ぐらいで負けが多い。自信はそんなに」と話す。「自然とプロにはなろうと思った。先輩がいたので」と白井具志堅ジムに入門した。

父は96年に世界再挑戦で王座を獲得し、初防衛している。V2失敗後、フライ級とスーパーフライ級でも世界挑戦している。手ほどきを受けたことはないが試合映像は見た。「派手に倒れていた。ああいう風にはなりません」と笑った。

プロ入りに驚いた父から電話で「絶対勝て」と励まされた。目標は父に並ぶ世界王者。まずはユース王者を目指す。

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新王者の吉田実代 昨夜は愛娘と風呂「成長してた」

一夜明け会見でベルトを手に記念撮影に臨むWBO女子世界スーパーフライ級王座の吉田(撮影・小沢裕)

ボクシングWBO女子世界スーパーフライ級王者となった吉田実代(31=EBISU K’s BOX)が20日、一夜明けて都内で会見した。闘うシングルマザーは長女実衣菜ちゃん(4)を鹿児島の実家に1カ月半預けての世界初挑戦。ケーシー・モートン(35=米国)に判定勝ち。「率直にうれしい。世界王者になる約束を実現してホッとした」と笑顔を見せた。

前夜は一緒に風呂に入り、久しぶりに母子水入らずで過ごした。「すごく成長していて、言葉とか走り方も変わってお姉さんになっていた。娘も頑張っていた」と感心。朝には保育園へ送っていくと「勝ったよ、凱旋(がいせん)してました」と笑った。

20歳で単身ハワイに渡って格闘技を始め、その後ボクシングに転向し、結婚、出産、離婚も経験した。「自分の人生の中でも一つのけじめをつけられた。自分をほめてあげたいし、少しだけ自信もついた」と振り返った。

この一戦に備えて、5階級制覇王者の藤岡奈穂子(竹原&畑山)を追いかけ回してスパーリングをこなした。藤岡は7月に天海ツナミ(山木)との国内最強女王決定戦を控える。吉田は休みは2日だけで、藤岡の相手をして恩返しするという。

一夜明け会見の席で記念撮影に臨む井岡(左)と吉田(撮影・小沢裕)

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井岡一翔4階級制覇で再婚前祝い「近々届けを出す」

パリクテ対井岡 10回、井岡はパリクテからのTKO勝ちで4階級制覇を達成しコーナートップで雄たけびを上げる(撮影・小沢裕)

<プロボクシング:WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ12回戦>◇19日◇千葉・幕張メッセ

WBO世界スーパーフライ級2位井岡一翔(30=Reason大貴)が、文句のないTKOで日本男子初の4階級制覇を達成した。

同級1位アストン・パリクテ(28=フィリピン)に技術力でペースを握ると、10回に右カウンターからメッタ打ち。

レフェリーストップで10回1分46秒TKO勝ち。1度引退から復帰して昨年の4階級初挑戦は失敗も、2年2カ月ぶりの日本で悲願をつかんだ。王座奪回で晴れて近日中にも再婚し、今後は最大の目標である海外でビッグマッチ、団体統一戦へと踏み出す。

   ◇   ◇   ◇

井岡がTKOに仕留め、ついに4本目のベルトをつかんだ。10回、劣勢だったパリクテに攻め込まれた。ロープを背にしたところで右カウンター。物の見事に決まると「ここしかないとまとめた」とラッシュ。右ストレートでのけ反らせるとレフェリーが止めた。井岡は両腕を突き上げて絶叫した。

昨年大みそかの復帰2戦目の初挑戦は「いまだ年を越せていない」という1-2の判定負け。すぐに訪れた再挑戦で、それも2年2カ月ぶりのホームのチャンスをものにした。茶色のベルトを手に「重たい。これをとることだけ考えて生きてきた」。涙声で喜びを表した。序盤は距離が遠かったが、3回にはペースを握った。相手を下がらせること、相手の右から体を遠ざける作戦。何度も空を切らせると、巧みな動きから踏み込んで攻めた。技術、経験では上手。9回までの採点で3~5ポイント差の3-0とリードしていた。

7回には接近戦から連打で攻め込まれた。「勝負に来た。ここで打ち勝てないと勝てない」。この回の後半は反撃して盛り返し、ジャッジ1人は井岡にポイントを与えた。前戦は攻め込めず惜敗も「あの経験も生きた。技術だけでなく勝負するところは勝負しないと」。

30歳となっての初戦に「ラストチャンス」と決意を胸にしたリングだった。12歳の頃から知るサラス・トレーナーもその思いは感じていた。1度は失敗も「近道を選ばないのが成功の道」と、井岡の発したこの言葉に勝利を確信していた。

この日は都内の自宅から会場入りした。家族の支えもあった。昨年離婚したが、30歳代の元モデルと同居生活を送り、秋には第1子も誕生する。4階級制覇をしたことで「近々届けを出します。王者となってからと思っていた」と明かした。

昨年の大みそかから井岡を含め日本勢は黒星続きで、日本人の挑戦は実質11連敗だったが、これもストップ。具志堅用高を抜いて日本人最多の世界戦15勝目。日本人初の看板を手にし、現役復帰の最大の目標である海外でのビッグマッチを目指す。

「死に物狂いで海外へ行くチケットをつかんだ。他団体王者と戦いたい」。新たな目標に団体統一戦を挙げ、標的にはWBC王者エストラダ(メキシコ)の名を挙げた。4階級制覇のストーリーに続き、再び新たな歴史を刻んでいくつもりだ。【河合香】

パリクテ対井岡 10回、井岡(左)はパリクテを左パンチで一気に攻め立ててTKO勝ちを収める(撮影・小沢裕)
パリクテ対井岡 4階級制覇を達成しチャンピオンベルトを締める井岡(撮影・小沢裕)

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吉田実代が苦難乗り越え新王者 愛娘から涙の祝福も

吉田対モートン チャンピオンになり愛娘と記念撮影する吉田(撮影・滝沢徹郎)

<WBO女子世界スーパーフライ級王座決定戦>◇19日◇千葉・幕張メッセ

吉田実代(31=EBISU K,S BOX)が新王者となった。ケーシー・モートン(35=米国)と王座を争い、左ボディー攻撃で主導権を握り、右アッパーなどの有効打で攻め続けた。ジャッジ2人がフルマークを付ける3-0の判定で圧勝。

東洋太平洋女子、日本女子バンタム級王座も保持する吉田が、男女を通じて令和初の新王者となった。これで吉田の通算戦績は13勝1敗となった。

   ◇   ◇   ◇

技術で、パワーで、そして気迫で圧倒した。吉田がセオリー通りにモートンを追い詰めた。接近戦から左ボディーブローを相手右脇腹にねじ込み、スタミナを削った。「ボディーが効いたと分かっていた」。くの字の体を曲げたモートンに対して右アッパーの連打。プロキャリア初のKOも狙えるほどの攻撃で確実にポイントを奪った。

大差の判定勝ちを知ると4歳の長女実衣菜(みいな)ちゃんをリングで抱きしめた。初世界戦の準備に集中するため、4月下旬から鹿児島の実家に預けていた愛娘から涙ながらに「ママ、おめでとう」と言われ、胸にこみ上げる喜びは頂点に達した。「娘のため、自分のため、絶対に負けない。負けることは考えていなかった。娘の食べたいものを食べ、娘が好きなところに一緒に行きます」。

高校卒業後の00年。20歳の時、地元鹿児島から心機一転、ハワイへの単身留学を決意した。総合格闘技ジムで練習を開始。帰国後、キックボクシング、総合格闘技を経てボクシングへ転向したが、14年5月のプロデビュー後、妊娠が判明した。交際中の格闘家と結婚し、15年には長女も誕生。一時期の引退状態、そして離婚も乗り越え、育児とボクシングを両立してきた。「20歳の時、こうなると思っていなかった。格闘技人生11年。世界王者になることができてうれしい。少しだけ自分に自信が持てます」と大粒の涙を流した。

令和初の新世界王者となり「少しでも自分も本物の世界王者になりたい」。戦うシングルマザーは強いオーラは発していた。【藤中栄二】

◆吉田実代(よしだ・みよ)1988年(昭63)4月12日、鹿児島県生まれ。小学2年~中学1年はソフトボール選手として活躍。中学卒業とともに母親のもとを離れ、仕事をしながら通信制の高校を卒業。20歳でハワイに単身留学し、総合格闘技を開始。帰国後、キックボクシング、総合格闘技などを経て14年にボクサーへ転向。同年5月、4回判定勝ちでプロデビュー。17年10月、日本女子王座第1号のバンタム級王座決定戦で高野人母美に判定勝ちで初代王者に。18年8月に東洋太平洋女子同級王座も獲得。身長161センチの右ボクサーファイター。

吉田対モートン 7回、モートン(左)に右アッパーを放つ吉田(撮影・小沢裕)
京口対ナコーン 10回、ナコーン(右)に右パンチを放つ京口(撮影・小沢裕)

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戦うシングルマザー吉田実代が初王座、4歳娘に感謝

吉田対モートン チャンピオンになり愛娘と記念撮影する吉田(撮影・滝沢徹郎)

<WBO女子世界スーパーフライ級王座決定戦>◇19日◇千葉・幕張メッセ

ボクシング女子の東洋太平洋、日本バンタム級王者吉田実代(31=EBISU K's BOX)が初の世界挑戦で王者となった。女子WBOアジア太平洋フライ級王者ケージー・モートン(35=米国)とのWBO世界スーパーフライ級王座決定戦を3-0の判定で制し、空位だった王座に就いた。

愛称は戦うシングルマザー。観客席には4歳の長女実衣菜(みいな)ちゃんが約500人の応援団とともに声援を送っていた。4月下旬から鹿児島の実家に愛娘を預け、世界初挑戦に集中してきた。「ボクシングで娘を育てていけるようにしたい。母で夢を追うことも、(周囲への)良い影響になればいいですね。娘も私が世界王者になることを楽しみにしている。格好いいママであり続けたい」。強い覚悟と決意を持ってリングでモートンと対峙(たいじ)していた。

高校卒業後の00年。鹿児島から心機一転、単身留学を決意した。行き先は米ハワイ。総合格闘技ジムHMC(ハワイ・マーシャルアーツ・センター)で格闘技人生をスタートした。帰国後、キックボクシング、総合格闘技を経てボクシングへ転向。14年5月のプロデビュー後、妊娠が判明した。交際していた格闘家と同年に結婚し、15年には長女も誕生。一時期の引退状態、そして離婚も乗り越え、育児とボクシングを両立してきた。「良い意味でも、悪い意味でも、私は負けん気が強いんです。あきらめが悪いんです」。

愛娘が保育園で保母さんや友達にボクシングの世界王座を狙う母について細かく説明していることを知っていた。吉田は「4歳なのにすごく私を気遣ってくれる。たまにどちらが母なんだと思うことがある」と感謝している。「私は勝つことにこだわる人間。しっかり勝つ。世界王者になる覚悟を決めている。気迫で勝ちたい」。その言葉通り、初挑戦で世界ベルトをもぎ取った。

これで令和初の女子世界王者、日本人でシングルマザー初の世界王座の獲得となった。過去に日本女子王者第1号、初代女子バンタム級王者となった吉田にとって、また新たな「初」を成し遂げた瞬間でもあった。

吉田対モートン 9回、パンチを放つ吉田(右)(撮影・滝沢徹郎)
吉田対モートン、3回、モートン(左)に左パンチを放つ吉田(撮影・小沢裕)

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葛西純が3度目防衛!令和初の後楽園プロレスで感涙

バックステージで藤田ミノルへの思いを口にし、涙する葛西純

<フリーダムズ:後楽園大会>◇2日◇東京・後楽園ホール

“デスマッチのカリスマ”こと葛西純(44)が、キングオブフリーダムワールド(KFC)選手権で、挑戦者の藤田ミノル(41)を下し、3度目の防衛に成功。令和初の後楽園ホールプロレス興行を血と刺激で染めた。

葛西が藤田の全身全霊の挑戦を受けとめた。藤田は葛西の大日本プロレス時代の先輩。現在はフリーで活動し、フリーダムズの同ユニット「UNCHAIN」の仲間だが、刺激を求める葛西のために今回挑戦者に名乗り出た。4月の前哨戦では2年間伸ばし続けた髪を切り、覚悟を示していた。

その藤田の思いを投影するように、試合は刺激たっぷりの内容となった。あらかじめ設置された十字架カミソリボードに互いの額をぶつけ合う。葛西が持ち込んだ植木鉢を藤田が破壊し、その上に互いに体をたたきつける。藤田が持参したチーズのおろし金やスタンガンも刺激をさらに増幅させた。なかなかくたばらない2人の攻防に会場が沸騰する中、最後は葛西がリングに寝かせたカミソリボードに藤田をリバースタイガードライバーで沈め、3カウントを奪った。

葛西は「藤田先輩!きょうはとびきりの刺激をありがとうございました」とリング上で土下座した。一方の藤田は葛西の腰にベルトを巻いて負けを認めた上で、葛西とリングサイドにいるもう1人のデスマッチスター竹田誠志を名指しし、「俺はお前らに負けないナニモノかに絶対になってやる」と宣言。会場を沸かせた。

バックステージでは葛西が藤田を思い、感極まって涙した。「いろんなものを得た葛西純だったけど、1番大事な、戦いにおける刺激を失って、それに気付いてくれたのがいろんなものを失った藤田ミノル先輩だった」。葛西はデスマッチのカリスマとして人気、実力を備え、家庭も円満。「いろんなものを得る」一方で選手として煮え切らない思いもあった。その中で離婚などの経験を経て、フリーとして苦闘する藤田の姿勢が葛西の心を打った。「あの人に残されたのは2年間こだわり続けたへなちょこな髪形だけだった。あの髪形を捨ててまでも、オレっちに挑戦してくれた。すごい、オレっちはうれしかったです」。

2人のデスマッチレスラーが人生を投影した熱い試合を見せ、聖地の新たなスタートを飾った。

3度目の防衛を果たしたKFC王座葛西純は、挑戦者の藤田ミノルにベルトを巻かれた

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デストロイヤーさん悼む 米国に戻る/復刻連載6

ザ・デストロイヤーさん(1993年7月28日撮影)

力道山やジャイアント馬場のライバルとして知られる伝説の覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)、亡くなりました。享年88歳。日刊スポーツでは、デストロイヤーさんが現役引退した93年7月に連載を掲載しています。今回追悼をかねて復刻版として再掲載します(年齢などは当時のまま)。

 ◇   ◇   ◇

1973年(昭48)から6年にわたる日本滞在に終止符を打つことになったのは、長男カート(現プロレスラー)の大学進学がきっかけだった。カートはハワイ大を経て、サンフランシスコ大へと進んだ。生まれ故郷のニューヨーク州バファローに戻ったデストロイヤーは、地元のアームハースト高校の水泳コーチ、同小学校では体育の教師として第2の人生を送り始めた。シュラキュース大時代にアメリカンフットボールで活躍。オレンジボウルでは全米学生オールスターに選ばれ、レスリングでは全米学生ヘビー級チャンピオンにも輝いた実績。これに加え、水泳などスポーツ万能という面が買われての抜てきだった。

米国に戻ってからは、サマーアクション・シリーズなど年に1、2回、全日本プロレスに来日して元気な姿を披露するほかはプロレス活動を行わず、覆面をしないディック・ベイヤーとして地元の青少年の育成に専念した。そのかいあって昨年、同高水泳チームは地元アクロンの大会で総合優勝を果たした。

米国でプロレスから離れたのは当時50歳という年齢のほかに、WWF、WCWという2大プロレス団体が、米国のプロレス勢力を二分していたことも原因となった。小規模な独立団体もあるにはあったが、長年日本を主戦場にしてきたデストロイヤーには、出場への足掛かりもなくなっていた。また、2大団体からこぼれたレスラーたちが安いギャラで働いており、働きに見合うだけの収入を得ることが難しかったことも重なった。

83年に、アームハースト高で保健婦をしていたウイルマーさん(57)と再婚した。離婚した前夫人と、くしくも同じ名前だ。地元での足固めも済み、デストロイヤーはいつ現役を引退してもおかしくない状況にあった。だが、子供たちがプロレスへの道を意識するようになり、きっかけがつかめなくなっていったことも事実だった。

【川副宏芳】

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デストロイヤーさん悼む 教育熱心/復刻連載4

ザ・デストロイヤーさん(1993年7月28日撮影)

力道山やジャイアント馬場のライバルとして知られる伝説の覆面プロレスラー、ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんが7日(日本時間8日)、亡くなりました。享年88歳。日刊スポーツでは、デストロイヤーさんが現役引退した93年7月に連載を掲載しています。今回追悼をかねて復刻版として再掲載します(年齢などは当時のまま)。

 ◇   ◇   ◇

リングから離れたザ・デストロイヤー(61)は、非常に教育熱心な男だ。1971年、デストロイヤーはウイルマー夫人(後に離婚)長男カート(当時10歳)長女クリス(同7歳)次男リチャード(同2歳)を引き連れ、1年間に及ぶアジア、ヨーロッパへの大遠征を敢行した。

ハワイ、サモア、フィジー、オーストラリア、ニュージーランド、日本、ドイツ、インド、シンガポール、香港など約20カ国を、試合や観光のために回った。これは、子供たちに「アメリカ以外にもいろいろな世界があることを見せてやりたかった」(デストロイヤー)からだという。「5、6カ国で試合をして、いろいろな国に足を延ばした。今までで、あんな楽しいことはなかった」とも言う。

この旅行で子供たちは世界の多様さ、言葉の違いなど、子供なりに多くのものを吸収した。長男のカートは「黒人、白人、黄色人種と知り合い、その生活を見てきた。だから、人間を見るとき、勤める会社や、乗っている車ではなく、その人の本質を見抜く自信ができた」と言う。次男のリチャードは2歳でオムツもとれていなかったが、「飛行機の中でトイレの使い方を覚えたんだよ」とデストロイヤーは笑った。

日本に遠征してくる外国人選手は、来日の回数が増えてくると、家族を同伴することが多い。これは、家を空ける機会の多いレスラーの苦肉の家族サービスともなっている。シューズとタイツをバッグに詰め込み、世界を転戦して歩くレスラーでなければできない、社会教育法だ。

また、73年から79年にかけ家族で日本に住み、子供たちは東京・世田谷のセントメリーズ校に通わせた。だが、カートの大学進学の時期となり「大学だけは母国の学校へ」と決心し、日本を離れてもいる。その子供たちも今は手を離れた。現在は生まれ故郷のニューヨーク州バファローで少年少女のスポーツ振興に尽くしてもいる。 【川副宏芳】

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元新日本金本浩二「鬱憤たまった」25歳妻に暴力逮捕

14年9月、リアルジャパンプロレス後楽園ホール大会で、初代タイガーマスク(左)にローリングソバットを見舞う金本浩二容疑者

新日本プロレスの元IWGPジュニアヘビー級王者で3代目タイガーマスクとしても活躍した金本浩二(本名・金日宇)容疑者(52)が1日、暴行の疑いで兵庫県警生田署に現行犯逮捕された。同日午後0時半ごろ、自宅マンションで妻(25)の頭部を殴った疑い。同署によると、金本は暴行の容疑を認めているという。新日本時代は「ジュニアのカリスマ」と呼ばれ、獣神サンダー・ライガーと並ぶ人気レスラーだった。

生田署によると、1日昼ごろに金本容疑者の妻から「夫とけんかをして暴言を吐かれた」との110番通報が入った。署員が駆けつけた際、自宅マンションには金本容疑者、妻、そして生後数カ月の息子が滞在。妻らにけがはなかったものの、同日午後0時半ごろに現行犯逮捕され、同署に連行された。

金本容疑者は「妻が勝手に自分の携帯電話を見て浮気を疑い、しつこくただしてきた。鬱憤(うっぷん)がたまっていた」などと供述。取り調べに対して暴力をふるった事実を「間違いない」と認めているという。なお同署には過去に金本容疑者の妻からのDV相談はなかった。

90年に新日本プロレスに入門した金本容疑者は91年のメキシコ修行を経て、帰国後に3代目タイガーマスクに抜てきされた。初代、2代目とは違い、ラフファイトも取り入れた新たなタイガー像を打ち出したが、1年弱でマスクを脱ぎ、素顔の金本浩二として活躍。米遠征後の95年にはIWGPジュニアヘビー級王者にも輝いた。他団体との対戦では非情な打撃技、投げ技などで攻め込み「喧嘩(けんか)番長」とも呼ばれていた。

IWGPジュニアヘビー級王座5回、IWGPジュニアタッグ王座4回、ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア制覇に3度輝いており「ジュニアのカリスマ」と呼ばれた。その人気ぶりは高く、04、06年にはヘビー級の実力者がそろって参戦するG1クライマックスにもエントリーしたほど。07年にはジュニアヘビー級選手として初めてIWGPヘビー級王座(王者は棚橋弘至)にも挑戦した。

13年には新日本プロレスを退団し、フリーの立場で全日本プロレス、WRESTLE-1、ゼロワンなどに参戦。拠点を関西に移して以降、レスラーとしての活動以外に舞台役者や食品プロデュースなども手がけていた。

◆金本浩二(かねもと・こうじ)1966年(昭41)10月31日、神戸市生まれ。90年に新日本プロレス入団、同年11月7日の小原道由戦でデビュー。93年に3代目タイガーマスクに抜てき。1年弱で素顔に戻り、獣神サンダー・ライガーらと新日本ジュニア戦線で活躍。IWGPジュニアヘビー級王座、IWGPジュニアタッグ王座、全日本プロレスのアジアタッグ王座、ノアGHCジュニアタッグ王座も獲得。09年に元全日本女子プロレスのHikaruと結婚も後に離婚。得意技は足首固め。180センチ、80キロ。

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金本の直情的性格 取材でも「危険」と思わせる迫力

14年3月、W-1両国国技館大会に出場した金本浩二容疑者

新日本プロレスの元IWGPジュニアヘビー級王者で3代目タイガーマスクとしても活躍した金本浩二(本名・金日宇)容疑者(52)が1日、暴行の疑いで兵庫県警生田署に現行犯逮捕された。同日午後0時半ごろ、自宅マンションで妻(25)の頭部を殴った疑い。同署によると、金本は暴行の容疑を認めているという。

  ◇   ◇   ◇  

真っすぐな男。新日本プロレス時代の金本容疑者の印象だ。自分の信念を曲げず、違うと思えば歯に衣(きぬ)着せぬ発言で、先輩や団体幹部でも批判した。

07年2月にジュニアヘビー級(100キロ未満)選手として初めてIWGPヘビー級王座に挑戦した際も、自分の階級と調整法にこだわり、増量するどころか78キロまで体重を落とした。直前の巡業では、前年にパートナーとしてG1タッグリーグに参戦した王者・棚橋への情を断つため、同じバスには乗らず、会場設営スタッフのトラックに乗って移動する徹底ぶりだった。

自分の美学に反することには、周囲を切りつけるような怒気をはらんだ関西弁でまくし立てた。囲み取材中でも離れないと危険なのではと思わせるほどの迫力だった。直情的な性格はプロレスラーとしての魅力になる半面、日常生活ではマイナスに出ることもあったのかもしれない。【04~07年プロレス担当・来田岳彦】

◆金本浩二(かねもと・こうじ)1966年(昭41)10月31日、神戸市生まれ。90年に新日本プロレス入団、同年11月7日の小原道由戦でデビュー。93年に3代目タイガーマスクに抜てき。1年弱で素顔に戻り、獣神サンダー・ライガーらと新日本ジュニア戦線で活躍。IWGPジュニアヘビー級王座、IWGPジュニアタッグ王座、全日本プロレスのアジアタッグ王座、ノアGHCジュニアタッグ王座も獲得。09年に元全日本女子プロレスのHikaruと結婚も後に離婚。得意技は足首固め。180センチ、80キロ。

04年10月、ウルティモ・ドラゴン自主興行に登場した3代目タイガーマスク

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井岡一翔が再婚、秋に「パパ」4階級制覇へ新たな力

井岡一翔(2018年12月31日撮影)

ボクシングの元世界3階級王者井岡一翔(29)が再婚することが1日、分かった。相手は30代前半、元モデルの一般人女性で都内で井岡と同居を始めており、初秋には井岡の子どもを出産する予定。

井岡のマネジメント事務所は「お付き合いしている女性と結婚しますが、いつ婚姻届を提出するかはまだ決まっていません」としている。

井岡は17年5月に歌手谷村奈南と結婚したが、昨年11月11日に離婚を発表した。同事務所によると、再婚する女性とは以前から面識はあったものの、交際開始は離婚後。交際約3カ月のスピードで再婚を決意したことになる。

井岡は17年大みそかに1度は引退を表明。昨年7月に復帰し、同年大みそかに日本ジム所属選手初の世界4階級制覇をかけ、マカオでWBOスーパーフライ級王座決定戦に臨んだが、ドニー・ニエテスに判定1-2で惜敗した。そのニエテスが2月28日に王座返上を発表。36歳のニエテスが同級1位アストン・パクリテ(フィリピン)との再戦を拒否し、強敵とのビッグファイトを希望したためで、同級4位の井岡にパクリテとの王座決定戦が回ってくる可能性が出てきた。

井岡は世界4階級制覇に向け、現在都内でトレーニングをこなしている。井岡は新たなパートナーのバックアップを得て、生まれてくる子どもの存在を力に替えて、夢実現の再挑戦を目指すことになる。

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中川麦茶、王者になってフィリピンの子供たち救う

計量をパスした中川麦茶(左)と田村亮一

ボクシング日本スーパーバンタム級王座決定10回戦の前日計量が、11日に都内で行われた。同級1位中川麦茶(29=角海老宝石)はリミットの55・3キロ、同級2位田村亮一(31=JB)は55・2キロでクリアした。

中川は昨年12月にフィリピンで10日間スパーリング合宿した。男手一つで育てる小1の長男龍樹君を同伴で、これまでにも数回同伴合宿している。「大変だけど仕方ない。1カ月ぐらい行きたいところだけど」。普段のジムワークも同伴で、練習中は受付で遊ばせている。

中川は両親が離婚するなど、子供のころは貧しい生活を強いられた。その経験から、フィリピンのゴミの山で生活する子供のためのボランティア活動もしている。今回はクラウドファンディングも立ち上げて募集。85万円を目標に現在はまだ達成率は40%台となっている。「達成できなくても、こうしたことを知ってもらえれば」と話す。

ボクシングは引きこもりだった弟抹茶を引っ張り出すために始めた。好きな麦茶のリングネームは目立つためにも改名した。麦茶のペットボトルを手に「ボクはこんなきれいでなく泥臭い。雑草魂でターニングポイントにしたい。弟、息子、子供たちのためにも王者になる」。子連れスパー合宿の成果で王座奪取を誓った。

田村は1年半ぶりで2度目の王座挑戦となる。「世間は負けたら引退とか思っているかもしれないが、負ける気はない。とっちゃいますよ」とニヤリと笑った。作新学院、日大と名門でキャリアを積んだが「アマ時代はどうでもいい。基本のジャブ、ガード、ワンツー。自分のボクシングをするだけ」と話した。

元日には、漫画「はじめの一歩」の作者である所属ジムの森川会長に「明けましておめでとうございます」とメールしたが、「まだ明けてない。何がおめでとうだ」と返されたという。こと言葉でさらに気を引き締め「正月はこの試合に勝ってから」と決意を口にした。

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井岡判定に泣く 4階級再挑戦へ3月末に米国で再起

判定でニエテス(左)に敗れ、悔しそうな表情を見せる井岡(撮影・加藤哉)

<プロボクシング:WBO世界スーパーフライ級タイトル戦12回戦>◇12月31日◇マカオ・ウィンパレス

WBO世界スーパーフライ級3位井岡一翔(29)が、日本ボクシング界初の世界4階級制覇を逃した。同級王座決定戦で、同じ世界3階級覇者の同級1位ドニー・ニエテス(36=フィリピン)に1-2の判定負け。ジャッジに泣いたとも言える結果にも弁解はしなかった。

腫れも、傷もない。ファイト後と思えぬきれいな顔で、井岡は語り始めた。「悔しいし、残念。こうやれば良かったという思いは尽きないけど…。きょうは僕の日じゃなかったということ」。世界4階級制覇を逃した無念さを口にしながら、表情に暗さはなかった。

ジャッジが1対2に割れたスプリット・デシジョンは、ハイレベルな技術戦。序盤の2、3、4ラウンドの接近戦で、ニエテスのカウンターを食うと、距離をとり、基本の左で上下を打ち分け、逆に終盤はカウンターをヒットさせた。「単純にもっといけば良かった、とは思う。攻めたら勝つわけですから。でも緊張感があって、1ミリの油断もできない展開だった。距離の駆け引き、もらえない怖さもあって、互いにペースを握れなかった」という。

世界王者19人を育てた名伯楽イスマエル・サラス・トレーナー(61)らと5週間で108ラウンドのスパーリング。「完璧なカウンターを打つ。直線的でなく、柔軟でハイレベルな相手」(同トレーナー)を想定し、対策した。井岡は「やってきたことは出せた」と言いつつ「後悔はすごくあるけど」と悔いた。

大魚は逃したが、終わったわけじゃない。17年の大みそかに引退し、父一法氏が会長の井岡ジムを“卒業”する形で、昨年9月に米国で復帰した。「サッカーならヨーロッパ、野球ならMLBのように、ボクシングでも、という気持ち。日本の中だけの世界王者でいたくなかった」と海外に打って出た。「無職ですから。自由にやりたい」と、今後も主戦場を米国中心で考える意向を表明した。

井岡と契約する米大手事務所のトム・ローファー氏はこの日、井岡の敗戦を見届けながらも「ニエテスとのリマッチも考える。カズトを100%信じている」と言い、変わらぬサポートを約束。3月末に米国で開催予定の軽量級中心イベント「SUPERFLY4」が再起戦の舞台になる可能性は十分だ。

日本ボクシング界初の世界4階級制覇に向け「逆に燃え上がっています。自分の未熟さで闘志に火が付いた」。引退、電撃復帰、歌手谷村奈南との離婚もあった波乱の2018年から新たな年へ。3月24日で30歳になる挑戦者の夢は、まだ終わらない。【加藤裕一】

◆井岡一翔(いおか・かずと)1989年(平元)3月24日、大阪・堺市生まれ。元世界2階級覇者井岡弘樹氏のおい。興国高で高校6冠。08年にプロ転向。7戦目で世界王座獲得。15年4月に世界最速18戦目の世界3階級制覇。165センチ、右ボクサーファイター。

国内ジム所属または日本選手の世界3階級制覇王者

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井岡一翔4階級制覇ならず「頂上決戦」無念判定負け

9回、ニエテス(右)に左ボディを放つ井岡(撮影・加藤哉)

<プロボクシング:WBO世界スーパーフライ級タイトル戦12回戦>◇31日◇マカオ・ウィンパレス

WBO世界スーパーフライ級3位井岡一翔(29)が、日本ボクシング界初の世界4階級制覇に失敗した。同級王座決定戦で、自分と同じ世界3階級覇者の同級1位ドニー・ニエテスに12回を戦い、判定1-2で敗れた。17年大みそかに「井岡家の夢」の3階級制覇達成を理由に引退し、昨年9月に自分の夢の「唯一無二の存在」を求め、現役復帰したが、日本選手未踏の壁は厚かった。

世界3階級制覇は、おじの井岡弘樹氏が及ばなかった「井岡家の夢」だった。世界4階級制覇は? 「復帰した理由の1つ。挑戦、決意です」と井岡は言っていた。ミニマム級47・6キロからスーパーフライ級52・1キロまで体重差は4・5キロ。グラム単位の減量と向き合うボクサーには、とてつもなく大きな数字だ。日本では井岡を含めた7人が3階級制覇に成功したが、井岡以外の6人は4階級目の世界戦リングにも立っていない。井岡と同じ4階級に挑み、2階級に跳ね返された弘樹氏は「何が違うって、パンチ力が違う」と言う。ニエテスも井岡と同じ3階級覇者。「厳しい試合になる。接戦。五分五分」と試合を予想していた。

井岡はニエテスを研究し尽くした。イスマエル・サラストレーナー(61)は「カズトが復帰を決めた時から、ニエテスにフォーカスしていた」という。初の世界王座に就いた11年2月のWBCミニマム級戦から同年8月の初防衛までをサポート。現役復帰を決めた井岡の熱望で今年8月初旬、7年ぶりに再タッグを結成した。ニエテス戦発表は11月11日だが、その3カ月前から対策は始まっていた。

同氏は連日朝6時に選手の心拍数をチェックするなど、きめ細かいサポートに加え、世界王者19人を育てた経験、技術、戦略を持つ名伯楽だ。ニエテスを「完璧なカウンターを打てる。直線的でなく、柔軟でハイレベルな厳しい相手」と評価をした上で「カズトにはすごいタレントがある。リスクを冒して勝機をつかむハートもある。大いにチャンスはある」と話した。井岡は同トレーナーと5週間、計108ラウンドのスパーリングを消化。ニエテス対策を体にたたき込んだ。

それでも、やはり壁は厚かった。17年の大みそかに引退を表明し、9カ月後に米国で電撃復帰。その2カ月後には歌手谷村奈南との離婚を発表し、約1年半の夫婦生活にピリオドを打った。公私で岐路に立った2018年を終えた。

「これからも海外でやっていきたい。アメリカで挑戦を続けたい」という。3月24日で30歳になるが、世界4階級制覇の夢はまだ終わらない。

1回、ニエテスに左ジャブを放つ井岡(撮影・加藤哉)

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父真吾氏、19歳で夜遊び卒業「自分より家族」で悲願

勝利した井上拓(左から2人目)は兄尚弥(左)、父真吾トレーナー(右)ら家族と記念撮影(撮影・鈴木みどり)

<プロボクシング:WBC世界バンタム級暫定王座決定戦12回戦>◇30日◇東京・大田区総合体育館

WBC世界バンタム級5位の井上拓真(23=大橋)が3-0の判定で同級2位タサーナ・サラパット(25=タイ)を下し、暫定王座を獲得した。現WBA世界同級王者の兄尚弥(25)に続き、同じ階級で念願の緑ベルトをつかんだ。亀田兄弟に続いて国内2例目となる兄弟世界王者が誕生した。

息子2人を兄弟王者に育てた父真吾氏は「ほっとしました。実は泣きそうでした」と笑みを浮かべた。自らは小学校低学年で両親が離婚し、母子家庭に育った。中学卒業後に塗装業の世界に入った。10代は夜遊びに明け暮れ、悪友も多かったが、19歳で美穂夫人と結婚する前に「自分は家族が宝物。覚悟を決めたかった」と携帯電話の番号を変え、悪友との関係を断絶。20歳で師匠から独立、明成塗装を設立し「大卒のヤツに負けたくない」と不眠のまま働くことも当たり前だった。

24歳の時、中学時代の友人に誘われ、ボクシングジムに通い始めた。アマで2戦2勝。多忙な仕事のためプロにはなれなかったが、ジムワーク不足を補うために休日は自宅に設置した器具などで練習に励んだ。休日のある日、シャドーボクシングをしている時、長男尚弥から「ボクシングをしたい」と言われ、拓真と3人で一緒にトレーニングを始め、ボクシングが3人共通のツールになった。「まず自分がやってみる」と尚弥の高校時代までスパーリングの相手も務めた。

競技に打ち込む子供たちの姿に「自分は職人で、退職金もない。環境を整えなければ」と34歳からアパートとマンションの経営も始め、現在は数棟を持つオーナーだ。39歳の時には練習環境の確保の意味も込め、秦野市にアマチュアジムを設立。尚弥がプロ転向するまでジム運営も続けた。「(妻と)一緒に(会社の)ビラ配りをしたり、練習を見てもらったり。1人ではここまでできなかった」と妻や長女晴香さんのサポートにも感謝した。

リング外の指導も徹底した。幼少時代には仕事現場に連れて行き、プロ転向前の尚弥には倉庫仕分けのアルバイトも経験させた。拓真には今も月数万円の家賃を徴収し「お金を稼ぐことは簡単ではない」と徹底させている。和尚の尚を入れ「まっすぐ育ってほしい」と命名した尚弥、そして「たくましく育って欲しい」と名付けた拓真。由来通りの道で世界王者にたどり着いた。20歳の時に「自分のことはどうでもいい。家族のため」と覚悟を決めた願いは、27年後に兄弟王者を誕生させた。「まだ暫定王座。バンザイで喜べない。正規王者になって喜びたい」と気を引き締めつつ「今夜は家でチビチビ飲みます」とも。真吾氏が支える息子2人の物語は19年も続いていく。【藤中栄二】

◆井上真吾(いのうえ・しんご)1971年(昭46)8月24日、神奈川・座間市生まれ。中学卒業後、塗装業の仕事に就いて修業。20歳で明成塗装を起業。ボクシングはアマで戦績2戦2勝。39歳でアマチュアの井上ジムを設立したが、長男尚弥の大橋ジム入門に合わせ、大橋ジムのトレーナーに就任。家族は美穂夫人と1女2男。

暫定王者に輝いた井上拓を抱き寄せる父でトレーナーの真吾さん(撮影・たえ見朱実)

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井岡一翔が公開練習「緊張感高まってきた」調子万全

4階級制覇に向けて練習を公開した井岡(撮影・丹羽敏通)

大みそかにマカオで日本人初の世界4階級制覇に挑むWBO世界スーパーフライ級3位井岡一翔(29)が14日、都内で練習を公開した。この日は、コンビネーションやフットワークを確認するなど軽めの調整にとどまったが、既に出稽古で100ラウンド超のスパーリングをこなしており、調子は万全。「順調にきている。試合に向けて緊張感が高まってきた」と自信をみなぎらせた。

17年末に電撃引退を表明も、今年階級を上げて復帰。今年9月の1年5カ月ぶりの復帰戦では3-0で完勝した。ただ、今回の王座をかけて戦う同級1位ドニー・ニエテス(36=フィリピン)は3階級制覇を達成している強敵。「簡単な相手ではない。スマートで頭のいいボクサー。1ラウンドから自分のペースで優位に試合を進めたい」とプランを思い描いた。

現役復帰、離婚など公私ともに大きく変化した1年。その中で体を鍛え直し、「もう1度ボクシングに向き合ってきた」と真摯に練習に取り組んできた。「僕が4階級制覇して、新たな歴史に名を刻みたい」と2年ぶり7度目となる大みそかの主役になる。

サラストレーナーとの練習を公開した井岡(撮影・丹羽敏通)

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