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天龍源一郎が退院後初めて公の場、杖つき登場し越中詩郎と記念撮影

退院後、初めてファンの前に姿を見せつえを持ち上げあいさつする天龍源一郎(撮影・中島郁夫)

<天龍プロジェクト SURVIVE THE REVOLUTION>◇12日◇新木場1stRING

4月28日に退院した元プロレスラー、天龍源一郎(71)が、退院後初めて公の場に姿を見せた。

つえをつきながら、ゆっくりと歩を進め、解説席に向かうと、隣に座っていた越中詩郎と並び、記念撮影に応じた。その後は「リラックスできて、見ているうちに楽しくなった」と、時折笑みを見せながら若手選手の試合を見守った。

試合後には選手に支えられながらリングに上がった。マイクを取り、ファンに向けて「40日間も入院していて、こんなぶざまな格好ですが、いつかはアントニオ猪木さんのように元気ですかー、と言いたいので、みなさん、もう少し我慢してください」とメッセージを届けた。全快でリングに上がることができず「不本意だった」と言いながらも、すべてをさらけ出したことで「吹っ切れた」と力強く言い放った。

天龍の復帰を選手たちも待ち望んでいた。第1試合で勝利した河野真幸は「リング下から見られていたので、緊張感があった。いつかは挑戦者に指名するので、頑張って復帰してください」とエールを送った。また藤波辰彌の息子、LEONAは「小さいころはよく見ていたけど、天龍さんの前でやるのは初めて。泥臭く行けと言われ、心に染みた」と愛のあるアドバイスに気を引き締めた。盟友である父も天龍復帰を自分のことのように喜んでいたという。

天龍は3月19日に動悸(どうき)、息切れなどの体調不良で入院した。その後の小橋建太とのトークバトルや、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベントも欠席していたが、順調に回復し、先月28日に退院。「長い入院生活でしたけど、ちょっとずつ調子を上げて、気候も良くなったことだし、元気いっぱいに無理せずやっていきます!」とリング復帰を心待ちにしていた。

この日、天龍プロジェクトは再始動後、初の有観客での試合を行った。今後も7月末までに5大会が決定。同団体代表で、天龍の娘でもある嶋田紋奈氏は「ご心配をおかけしましたが、病状は心配なく、ご覧の通り、元気いっぱい。これから天龍とともにどんな状況でも希望を持って進んでいきたい」と決意を見せた。慣れ親しんだリングに上がり「もう怖いものはない」という天龍。自分の居場所を再認識したレジェンドは、これからも歩みを止めずに進み続ける。【松熊洋介】

解説者席で越中詩郎(右)とポーズを決める天龍源一郎(撮影・中島郁夫)

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【藤波辰爾50周年連載6】67歳引退はしない 受け継いだ魂を残していく

9日にデビュー50周年を迎えた藤波辰爾(撮影・松熊洋介)

<藤波辰爾のプロレス人生50年(6)>

プロレスラーの藤波辰爾(67)はリングに上がり続ける。9日にデビュー50周年を迎えたが、引退の2文字はない。「体が動く限りリングに上がりたい」と情熱は衰えない。連載最終回は「生涯現役」【取材・構成=松熊洋介】

50年を振り返った藤波は「いろんな人と話をするとよみがえってくるので年月は感じる。いろんな状況を見てきて、いい経験をさせてもらっている」と語る。89年のベイダー戦で腰を痛め長期離脱を強いられた。歩くのも困難で「選手生命が終わった」と引退もよぎったが、奇跡的に回復した。1年半後に復帰し、痛み止めを飲みながら二十数年戦い続けた。恐怖から手術をためらってきたが、6年前にメスを入れ、ようやく不安を取り除いた。

藤波 試合中はアドレナリンが出ていたので、分からなかったが、終わってからは痛みが出ていた。レントゲンでは首の骨とか頸椎(けいつい)がゆがんでいる。正常な状態で(リングに)上がっている人はいないのかなと。

それでも戦い続けるのは「プロレスが好きだから」。コロナ禍で試合の機会が減り、物足りなさを感じている。全盛期のパフォーマンスを披露するのは難しいが、気持ちだけは当時と変わっていない。

藤波 いい時を記憶しているから、思うように体が反応しないのがもどかしい。若い時は体が反応していたけど、今は「せーの」って言わないと体が付いてこないのが情けないなあ。

リングに上がることが健康のバローメーター。今でも週の半分以上はジムに通い、体を維持している。息子でプロレスラーの怜於南(れおな)とトレーニングをすることもあり、若い人を見ると張り合いたくなるという。

藤波 恥ずかしい姿ではリングに上がれない。負けてられないと意地を張ってしまう。息子は肌つやが違うし、うらやましい。風呂上がりでも水がはじくけど、自分は染み込んでいく感じ(笑い)。周りからは「もう60歳過ぎてるし、若い人と同じことやってたら化け物ですよ」と言われる。でももっと動けると思っているし、オファーがあればいつでも準備できている。

4月には久しぶりにドラディションを開催。人数制限こそあったが、コミュニケーションを大事にしてきた昔からの手法で自らもお客さんに声を掛け、ほとんど手売りでチケットを完売させた。10月からは50周年ツアーで全国を回る。

藤波 各地に思い出がある。レジェンドバスツアーとかいいね。つえをつきながらでもやってみたい。リングに上がったらあちこちばんそうこう貼って出てくるみたいな。それぐらいになるまで上がってみたい。

67歳。引退は考えていない。「リングに上がれば勝負ですから」と対抗心を燃やす息子との対戦は最後まで取っておくつもりだ。

藤波 70歳では間違いなくリングに立っている。(息子とは)今だったら負けない。知らない間にすごい差がついてたらどうしようと思うことはあるけどね。

最後に夢を聞いてみた。

藤波 昔、力道山先生が作ったリキ・スポーツパレスというのがあったが、そんなプロレスの歴史が全部詰まった会場を作って、そこでみんなを集めて試合をしたい。力道山先生が亡くなった後に猪木さん、馬場さんが魂を受け継いだ。馬場さんが亡くなり、プロレスラーのトーンが下がった部分もあった。これからは僕らがそれを後世に残していかないといけない。

藤波はこれからもリングに上で躍動し続け、レジェンドたちから受け継いだ魂を残していく。(おわり)

◆藤波辰爾(ふじなみ・たつみ) 1953年(昭28)12月28日、大分県生まれ。中学卒業後、70年に日本プロレスに入団。猪木の付き人をしながら、71年5月9日、北沢戦でデビュー。71年猪木らとともに新日本プロレス移籍し、旗揚げより参戦。75年に欧州、米国遠征し、76年NWAデビュー。78年WWWFジュニアヘビー級王座を獲得(その後防衛計52回)し、帰国。81年ヘビー級転向。88年にIWGPヘビー級王者に輝く。89年に腰痛を患い、1年3カ月休養。99年に新日本プロレス社長就任、03年に辞任。07年無我(後のドラディション)の代表取締役に就任。15年3月WWE殿堂入り。183センチ、105キロ。

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【藤波辰爾50周年連載5】プロレスの証しを残す「殿堂会」を設立

WWEに殿堂入りしリング上であいさつする藤波辰爾(2015年7月3日撮影)

<藤波辰爾のプロレス人生50年(5)>

プロレスラー藤波辰爾(67)は2015年、アントニオ猪木以来となる日本人2人目のWWE殿堂入りを果たした。今月9日にはデビュー50周年を迎えたばかり。プロレス人生を振り返る連載第5回は、レジェンドたちの偉業の継承。【取材・構成=松熊洋介】

夢のような時間だった。15年のある日の夜中、自宅にいた藤波はWWEからの電話で、殿堂入りの知らせを受けた。妻・伽織さんと2人で招待された。毎年各都市の招致合戦が繰り広げられるほどの大イベント。空港に降り立つと、カリフォルニア州・サンノゼの街全体が祝福ムードに包まれていた。殿堂入りの英雄たちの垂れ幕が掲げられ、ホテルまではパトカー10台以上に先導されて向かった。

藤波 国賓級の扱いだった。今思い出しても鳥肌が立つくらい。プロレスラーになってこんなことがあるのかと…。長くやっていてよかったなあと思った。

選手だけでなくプロレス界に貢献した人物も対象で、13年には前米大統領のドナルド・トランプ氏なども表彰されている。セレモニーで藤波の隣にいたのは、元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガーだった。ライバルだったフレアーに紹介され、藤波はタキシード姿で登壇した。「すべての人々、WWEへこの名誉に対し感謝します。61歳で、43年間戦い続け、まだ戦っています。これは私の使命。私をサポートしてくれた家族に感謝したい」と英語でスピーチ。数万人が詰め掛けた会場は大歓声に包まれた。翌日にはMLBサンフランシスコ・ジャイアンツの球場でリングに上がり、大観衆の前でプロレスを披露した。

藤波 昨年は獣神サンダー・ライガーが殿堂入りした。将来的にはコラボして、日本でも開催されるような時代が来ればいい。こういうのを知ってしまうと、みんな目指すべきだろうと。日本のプロレスラーたちも目指す欲を持って欲しい。

昨年2月、「日本のレジェンドたちの功績をたたえたい」と天龍や長州らと「日本プロレス殿堂会」を設立。コロナ禍でなかなか動けなかったが、今年4月、小橋、田上らとトークショーを行い、活動をスタートさせた。

藤波 僕らが殿堂入りしたいわけではなくて、猪木さんとか、させなきゃいけない人のためにそういう組織をつくらないといけないと思って。プロレス界は、なかなか横のつながりがなかったが、どこかで作っておかないと自分たちが生きてきた証しがなくなっちゃうんじゃないかと。

故ジャイアント馬場さんや猪木らの時代をともにしてきた。先輩から学んできたものを後世に伝える使命があると考える。

藤波 誰かが言い伝えていかないと。今でも当時の光景が頭に浮かぶ。今の選手たちに、あれだけ繁栄した時代があったんだよと思い出を残しておきたい。

現役としてリングに立つ一方で、プロレスの証しを残そうと動きだした。50周年を迎えたが、残りのプロレス人生、藤波にはまだやるべきことが残っている。(つづく)

◆藤波辰爾(ふじなみ・たつみ) 1953年(昭28)12月28日、大分県生まれ。中学卒業後、70年に日本プロレスに入団。猪木の付け人をしながら、71年5月9日、北沢戦でデビュー。71年猪木らとともに新日本プロレス移籍し、旗揚げより参戦。75年に欧州、米国遠征し、76年NWAデビュー。78年WWWFジュニアヘビー級王座を獲得(その後防衛計52回)し、帰国。81年ヘビー級転向。88年にIWGPヘビー級王者に輝く。89年に腰痛を患い、1年3カ月休養。99年に新日本プロレス社長就任、03年に辞任。07年無我(後のドラディション)の代表取締役に就任。15年3月WWE殿堂入り。183センチ、105キロ。

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【インタビュー】里村明衣子「常に自分の最高を」WWEと選手兼コーチ契約

仙女とWWEのNXT UKで存在感を見せる里村

“ダブル二刀流”で日本と世界を魅了する。センダイガールズプロレスリング(仙女)の里村明衣子(41)は、世界最大のプロレス団体米WWEと日本人初の選手兼コーチ契約を結び、現在は英国を拠点にするWWEのNXT UKに参戦。仙女では選手兼社長として変わらず団体を背負う。それぞれで2つの顔を持つ“女子プロレス界の横綱”は、日英のリングで熱く生きている。【取材・構成=山田愛斗】

   ◇   ◇   ◇

世界最高峰への長旅は、10年前の門前払いから始まった。かねて海外志向が強かった里村は、2011年、WWEのリングに照準を合わせた。これまでの経歴、写真、映像と必要な資料すべてをメールで送信。トライアウト受験を目指したが、同団体から「必要ありません」と返信がひと言届き、書類選考で夢の扉は閉ざされた。

里村 まず11年にメールで断られたことが、自分的にはすごいショックでした。「今はセンダイガールズで力を尽くせ」ということだと解釈して仙女でやってきて。それでも海外志向は止まらなかったです。

12年からは米国の小規模団体に目を向けた。「興行に出させてください」と自らを売り込み、自費で飛行機のチケットを手配し、1年に1度ぐらいのペースで渡米。「今は大スターのミッキー・ジェームスとかと同じ大会に出て、私の試合を見た人から『すごい人がいる』といううわさが、どんどんどんどん広まっていきました」。16年ごろになると海外からのオファーが定期的に届き、「今度はイギリスで『メイコ・サトムラはすごい』と」。米英での小さな積み重ねが花を咲かせるようになった。

運命に導かれるようにWWEと交錯した。海外団体での実績が評価され、18年に米国で行われたWWE女子トーナメント「メイ・ヤング・クラシック」に招かれ、世界各国から出場した32人の中で4強入り。その直後にスカウトされた。

仙女の活動と並行して、まずは米国のWWEパフォーマンスセンター(トレーニング施設)で、計3カ月ほど特別コーチを務めた。「はっきりとは言われてなかったですが、最初はコーチだけで、試合を組まれる可能性もあったと思います」。コロナ禍で昨春の渡米計画が流れるなど、WWE本格デビューは幻となり、最高峰に手が届きそうで届かなかった。

そんな状況下で、今度は英国を拠点にするWWEのNXT UKから「選手とコーチ、両方でお願いしたい」とオファーがあり、1月29日に日本人初の選手兼コーチ契約が発表された。

里村 18年に(WWEの)トーナメントに出られたのは私にとって夢みたいな出来事で、こんなことがあるんだって。今回、この年齢で契約まで至ったのは「人生って奇跡は起きるんだな」と改めて思いましたね。選手とコーチの兼任は日本で私が初めてなんです。そこは仙女でやってきたことが認められたと思っています。

英国のプロレスファンをとりこにしてきた。18年3月にはファイトクラブプロ、19年9月には同国最大の団体プログレスで、それぞれ女子王座に輝いた。「イギリスでチャンピオンになってからすごく現地のファンが増えました」。プロレスが盛んなドイツやアイルランドの興行にも参戦。欧州人気が高まったこともNXT UKとの契約につながった要因のひとつだ。

現在は日本と英国を行き来しながら活動している。英入国時に10日、帰国時に14日の隔離期間があり、「移動だけで1カ月つぶれるので、練習は全然足りません(笑い)」。今後は英国で過ごす期間を増やす意向で、ロンドンのWWEパフォーマンスセンターを拠点に技術を伝えながら、自らのレベルアップを図る。

里村 日本とは全然違いますが、イギリスのレスラーの技術は最高で、レベルが高い印象です。私がコーチとして一緒に練習すると、向こうのレスラーは日本の技術も取り入れられるし、すごくいい効果が生まれています。

故郷新潟で中学3年までの15年間を過ごし、横浜を経て、仙台生活は17年目に突入した。

里村 とにかく仙女に没頭して、レスラーとしても経営者としても尽くしてきたので、役目を果たしながら1段上のステージに上がれたなと実感しています。

団体を長年続けてきたことで、思わぬ出会いもあった。「海外の選手が『日本で練習したい』となれば、センダイガールズに呼ぶこともできます」。4月11、12日の2日間、WWE年間最大の祭典「レッスルマニア」が米国で開催された。初日のメインイベントはスマックダウン女子王座戦。タイトル防衛に失敗したが、激闘を繰り広げたサーシャ・バンクスは、19年夏にお忍びで仙女の練習に参加したことがある。

きっかけは里村のSNSに届いた1通のメッセージだった。「日本で練習させてください」と連絡があり、単身で来日。1週間、仙女式を体験した。面識はなかったものの、「当然、私は彼女を知ってますよね。インスタのフォロワーを見たら450万人(当時=現在517万人)で、『えっ?』という感じで、この子が来るんだと思っていたら、本当に1人で来て、たくさん練習して帰っていきました」。すでに一流でありながら異国で学ぶ熱心さに驚かされた。

里村 彼女がレッスルマニアのメインですごい試合をして、本物志向のスーパースターが、仙女で練習をしたいと思ってくれる団体になれたことがうれしかったです。

WWEに言葉の壁は存在しないが、英語はどちらかというと苦手だ。「恥ずかしいぐらい全然ダメです。試合は無言でもできますが、練習は言葉にして教えないといけないので、それが本当に難しくて、毎日、胃がきりきりしています(笑い)」。身ぶり手ぶりを交えながらコミュニケーションを取っている。

里村 今のWWEは全世界を巻き込もうとしています。各国の選手たちをすごく尊重してくれて、「日本人は日本語でいいからアピールしてほしい」という感じで、「英語ができないからあなたはダメ」ではなく、その国の代表を集めて全世界に発信するやり方は素晴らしいと思います。

2月12日のNXT UKデビュー戦を勝利で飾るなど、シングル戦はここまで2勝1敗。3月5日の2戦目では王者ケイ・リー・レイとタイトル戦で激突し、敗れているだけに「もちろんリベンジしたいです」と王座奪取に燃える。

里村 私は里村明衣子そのものを受け入れてくれるイギリス、ヨーロッパのファンが大好きなんです。自分自身をもっと高め、常に自分の最高を求めていきたいです。

この道26年のレジェンドが描く夢物語に終わりはない。

◆里村明衣子(さとむら・めいこ)1979年(昭54)11月17日生まれ、新潟市出身。3歳から柔道を始め、黒埼中3年時に県大会優勝。95年4月15日、GAEA JAPANで当時史上最年少の15歳でデビュー。得意技はスコーピオ・ライジング、オーバーヘッドキック、デスバレーボム、スリーパーホールド。趣味は旅行、筋トレ、郵便局巡り、スーパーマーケット巡り、読書、舞台鑑賞。157センチ、68キロ。

里村明衣子(2016年11月16日撮影)

WWE里村明衣子かかと落とし一閃!無敗ヴァルキリー撃破し「次は?」

ヴァルキリー(右)とのシングル戦を制し、ガッツポーズで喜ぶ里村(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

<WWE:NXT UK大会>◇29日(日本時間30日)配信◇英ロンドン

WWEで「女子レジェンド」と呼ばれる里村明衣子(41=センダイガールズ)が、同団体で無敗だったイーファ・ヴァルキリーに初黒星をつけた。「容赦しないわよ」と意気込む里村は、ショルダータックルや腕ひしぎ逆十字固めで攻め込むと、ヴァルキリーも日本式お辞儀で敬意を示した後から延髄切り、ドロップキックで反撃してきた。

関節技やキックの応酬が続くと、ヴァルキリーのオーバーヘッドキック、パワーボム、月面水爆と怒濤(どとう)の攻撃を浴びた。相手優位の時間帯を切り抜けた里村はDDTからスコーピオライジングでヴァルキリーの脳天にかかと落とし一閃(いっせん)。そのまま3カウントを奪った。

試合後、ヴァルキリーと抱擁を交わし、健闘をたたえた里村は自らのツイッターでは「この衝撃はなに? イーファに触発されたが、私はそんなに簡単にはいかないわよ。次は?」と英語で対戦相手の登場を待ち望んでいた。

ヴァルキリー(右)にスコーピオ・ライジイングを仕掛けた里村(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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62歳越中詩郎、病床天龍へエール送るヒップアタック 対戦相手も脱帽

6人タッグで勝利後、バックステージでポーズを取る、左から真霜拳號、越中詩郎、AKIRA(撮影・松熊洋介)

<天龍プロジェクト SURVIVE THE REVOLUTION>◇25日◇新木場1stRING◇無観客

レジェンドが帰ってくるまで俺がリングを守る。6人タッグに出場した越中詩郎(62)が得意技のヒップアタックで勝利に導いた。

6人の中で1番躍動したのは越中だった。先発を買って出た越中は、進との序盤戦で流れを作ると、その後はリング内外で暴れ回った。場外に連れ出した拳剛を客席の上に投げ飛ばし、殴りつけた。襲いかかってきた那須もそのまま場外でKO。さらにコーナートップからのダイビングヒップアタックを豪快に決めるなど、62歳とは思えない軽やかな動きで相手3人を翻弄(ほんろう)。自身はほとんどダメージを受けることなく、そのまま勝利につなげた。

レジェンドの復帰を願い、リング上で思いを伝えた。勝利後、笑顔でバックステージに現れた越中は「天龍さんが1日も早く元気な姿を見せてくれることを願う。それまでは我々が熱い試合をやっていきたい」と胸の内を明かした。今月3日には、天龍、藤波らが中心となって立ち上げた日本プロレス殿堂会の1周年イベントに参加。同時代を切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲間と語り合い、病床の天龍にもエールを送った。

越中のパフォーマンスに敗れた相手も脱帽。那須は「何の必殺技も出せなかった。正直あそこまで畳み掛けられたら無理。相手したくない」と話せば、進も「パワフルなベテランに完敗」と白旗を揚げた。

この日解説を務めたザ・グレート・カブキらとユニット「平成維震軍」を引っ張り、リングに立ち続ける。「当時はまさか長く続くなんて思ったことはなかった。自然体でやっているのが良かったのかも」。謙遜しながらもリングへ上がりたい思いは強い。無観客での開催となったが「お客さんがいないのが残念だが、カメラの向こうで応援してくれたら。今日の勝利でまた勢いがついた」。天龍に元気を与えるプロレスを見せるため、62歳越中はまだまだ成長を続ける。【松熊洋介】

進祐哉にヒップアタックを決める越中詩郎(撮影・松熊洋介)

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11周年天龍プロジェクト再始動 娘の嶋田紋奈氏「誇り持って進んでいく」

天龍プロジェクト新木場大会 6人タッグで勝利後、バックステージでポーズを取る、左から真霜拳號、越中詩郎、AKIRA(撮影・松熊洋介)

<天龍プロジェクト SURVIVE THE REVOLUTION>◇25日◇新木場1stRING◇無観客

今月19日に11周年を迎えた天龍プロジェクトが再始動した。

昨年11月の天龍源一郎引退5周年記念大会以来の開催は、東京都の緊急事態宣言により、無観客となった。同団体代表で、天龍の娘でもある嶋田紋奈氏は「15年までと同様、小さな所帯ではありますが、志を高く持って、伝承文化というプロレスを重んじ、誇りを持って進んでいく」と決意を語った。

島田氏からいい知らせが届けられた。3月から体調を崩して入院中の天龍が、来週にも退院予定だという。「しっかりと治療に励み退院となった。今後は天龍プロジェクトの大会を盛り上げてくれると思う」とレジェンドの復活を待ち望む。

今後は月2回ペースで興行を行っていく。インターナショナルジュニアヘビーのベルトも復活させる。「シングルのベルトは8選手によるトーナメントで争いたいと思っている。参加したい選手はぜひ」と呼び掛けた。試合後にはすでに数選手が参戦表明。嶋田氏は「天龍からは、プロレスラーに戦いの場を1つでも多く与えられるようにと言われている。ジャイアント馬場さんのいう明るく、楽しく、激しいプロレスを基本に、天龍色にアレンジした大会にしていきたい」と語った。

21年最初の大会が無観客となってしまったが「お客さんには迷惑をかけてしまったが、こういう困難に立ち向かうことが、天龍プロジェクトらしい姿だと思う」と前を向いた。来週には天龍が戻ってくる。「選手たちの覚悟を見ている人たちに届けることができた。この試合を(天龍に)真っ先に見せて、良かったと言ってもらいたいし、今後もいい試合を見せていきたい」。ようやく21年のスタートを切った天龍プロジェクト。次の大会は5月12日。順調にいけば、11日に緊急事態宣言が解除される。レジェンドが復活し、パワーアップした天プロが熱い試合を観客の前で披露する。【松熊洋介】

天龍プロジェクト新木場大会 進祐哉にヒップアタックを決める越中詩郎(撮影・松熊洋介)
天龍プロジェクト新木場大会 大会終了後、取材に応じる天龍プロジェクト嶋田紋奈代表(撮影・松熊洋介)

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WWE、IGF出身の鈴木秀樹と契約 コーチングスタッフに

WWEパフォーマンスセンターのコーチングスタッフ入りした鈴木秀樹

米プロレスWWEは24日(日本時間25日)、アントニオ猪木が主宰していたIGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)出身のプロレスラー鈴木秀樹(41)と契約したと公式サイトで発表した。22日配信のNXT大会でデビューした日本女子レスラーのSareeeことサレイらとともに新加入したメンバーの1人として名を連ねた鈴木はWWEパフォーマンスセンターのコーチングスタッフになったと報告された。

公式サイトでは「レジェンドの(人間風車)ビル・ロビンソンのもとスネーク・ピット・ジャパン(東京・杉並区)でキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの訓練を受けた北海道出身の日本人」などと紹介されている。

08年にIGFでデビューした鈴木は14年からフリーに転向し、ゼロワンや全日本プロレス、大日本プロレス、女子プロレスのアイスリボンなど多くの国内団体に参戦。今年1月に渡米していた。

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スーパー・タイガー「本物の虎を見せてやる」因縁の村上和成に闘志むき出し

レジェンド選手権タイトル防衛に成功したスーパー・タイガー(撮影・中島郁夫)

<ストロングスタイルプロレス後楽園大会>◇22日◇後楽園ホール

師匠の教えをリングで表現した。レジェンド選手権試合は、第15代王者のスーパー・タイガーが河野真幸(41)に勝利し、初防衛に成功した。

中盤までは身長差10センチ以上、体重差20キロ以上の河野のパワーに押され、劣勢が続いた。バックドロップ、チョークスラムなどで苦しめられ「終わりか?」と挑発されたが、最後に立ち上がった。張り手を受けながらも声を張り上げ、前に出て行った。河野のランニングニーをかわすと、ツームストンパイルドライバーを浴びせ、最後はタイガー・スープレックス・ホールドを豪快に決め、ベルトを守った。

初代タイガーマスクの40周年記念第1弾として行われた今大会。「誇れる試合にしないといけない」といつも以上に気合を入れてリングに上がった。師匠の佐山サトル(63)は「格闘技上がりで、まだプロレスに慣れていないところがあり、体で表現できていない。今鍛えているところ。しっかりできてくれば分かってくると思う」と期待を寄せる。スーパー・タイガーは「今年9試合目だったが、何とかここまでたどり着いた。40周年を前にしっかりとした形で強い相手に勝つことができた」とホッとした表情を見せた。

試合後には、今大会8年ぶりの出場となった村上和成が「久しぶりにお前の試合見てたけど、牙がねえ。もし良かったら、ベルトをかけて、いつでもやってやる」と挑戦表明。2人は13年にタイトルマッチを戦い、大荒れの無効試合で決着付かず。スーパー・タイガーは「8年前のことを忘れていない。強い、怖いスーパー・タイガーを見せる。プロレス道にまい進している中で、牙のことを言われるとカチンと来る」と闘志をむき出しにした。師匠の40周年記念イヤーで好スタートを切った。「21年、俺が本物の虎を見せてやる」。受け継いだ魂をリング上で表現し、ベルトを守り続ける。【松熊洋介】

村上(下)の挑発を受けるスーパー・タイガー(撮影・中島郁夫)
河野(左)にニーキックを浴びせるスーパー・タイガー(撮影・中島郁夫)
阿部を下すも大流血した村上(撮影・中島郁夫)

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佐山サトルがリング上がった「40周年お祝いしたい」杖使わず足取り軽やか

リング上であいさつする初代タイガーマスクの佐山サトル氏(撮影・中島郁夫)

初代タイガーマスクの佐山サトル(63)が22日、19年9月以来となるリングに立った。

23日にデビュー40周年を迎える初代タイガーマスクの記念大会第1弾「ストロングスタイルプロレス後楽園大会」に登場し、元気な姿を見せた。「体調が良くなかった」と言いつつも、車いすもつえも使わず、軽やかな足取りでリングに上がった。「気持ち良かった。みなさんと一緒にお祝いしたい」と熱く語った。

レジェンドたちもビデオメッセージでお祝いした。長州は「以前は連絡し合ってごはんを食べに行く仲だった。今は心配しているが、タイガーマスクは病気にも負けない。1日も早くリングでお会いしたい」とコメント。藤波は「4次元殺法。あなたの動きが大好きだった。またいろんなところで夢を与えて欲しい」とエールを送った。

佐山は15年に狭心症と診断され、心臓を手術。16年に復帰するも昨年再び体調を崩し、リングからは離れていた。昨春のアントニオ猪木(78)の同窓会も欠席していたが、現在は自力で歩行できるまで回復。日刊スポーツの取材にも「日によって変わるが、暖かくなれば大丈夫」と笑顔を見せていた。

今後もストロングスタイルの魂を継承していく。「力道山先生、猪木さん、藤波さん、長州さん、私によって作られた。このナチュラルな試合を世界に広げて、最高のプロレスを作っていきたい。僕らがやっていかないといけない」と決意を語った。

「基本の技をしっかり身に付け、リング上で表現する。そこにリアリズムがあってそれを追求する」。現役時代は練習不足でリングに上がれば、パフォーマンスの低下を観客から見抜かれた。「基本も知らずにやっているとヤジを飛ばされ、殺気や緊張感もあった。お客さんを引きつけるプロレスをしていかないと先輩に怒られた」と話した。もちろん、現在のプロレスを否定しているのではない。「分かってくれる人もたくさんいる。技も複雑になっていて、作り上げていくのは大変。そんな中で殺気を見せていけたら素晴らしい試合になる」と語る。

この日はかなわなかったが、いずれはコーナーポストに上ることも考えているという。「高さを調べようと思ったけど、できなかった。いつか上がることを夢見て頑張ろうと思う」。40周年記念第1弾の今大会を無事に終えた。今後はすでに7月と10月の2大会が予定されている。ストロングスタイルを受け継いでいくため、これからもリングに立ち続ける。【松熊洋介】

リング上であいさつする初代タイガーマスクの佐山サトル氏(撮影・中島郁夫)
リング上であいさつする初代タイガーマスクの佐山サトル氏(撮影・中島郁夫)

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WWE王座を初戴冠したKUSHIDA「まだ実感がない。疑っている」

WWE王座初戴冠となるNXTクルーザー級王座を獲得したKUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

19年4月、新日本プロレスからWWEに移籍したKUSHIDA(37)が今週のWWE・NXT大会(米オーランド)で王座を初戴冠した。

15日配信のNXT大会で、NXTクルーザー急王者サントス・エスコバーに挑戦して勝利を飾った。16日に日刊スポーツのインタビューに応じ、2年を費やして到達したタイトル獲得までの道、今後の野望を明かした。

    ◇    ◇    ◇

ようやくたどり着いたWWEの王座に「まだ実感がない。祝福されても疑っている」と苦笑するKUSHIDAは、NXT総責任者トリプルH、NXTコーチのショーン・マイケルズのレジェンド2人に祝福されたことが何よりうれしかったという。「普通の試合では何も言われない。そこそこ良い試合はグッドジョブ、メチャメチャ良い試合だけほめてくれる。今回はベルトを取ったというおめでとう感もあり、ほめてくれた。自信になった」と納得の表情を浮かべた。

新日本時代はIWGPジュニア王座を6回戴冠。WWE加入当初、元新日本組となる中邑真輔やリコシェと比較されるギャップに苦しんだそうだ。「これが20歳代だったらへこんでいたかも。『自分は違う』と心を落ち着かせた。2人のようなカリスマ性のキャラではないし、自分のキャラクターを浸透させ、実力で見返してやると思った2年間だった」と振り返った。

リング内外も試行錯誤の連続だった。KUSHIDAは「すぐに超大活躍、日本人スーパースター、という訳ではなかったし。悩んで『うまくいかない』とネガティブになることもあった。でも、それがあってベルトが取れたと思う。この2年間のタメが効いている」と強調。苦悩するプロセスを他選手やプロデューサーら関係者にみせたことで「信頼を置いてくれたと思う」とうなずいた。

2年前は「WWEに入りたい」「米国で暮らしたい」だけで新たな世界に飛び込んだそうだ。今、WWEのベルトをつかみ「この2年で(王者になるには)何が必要なのかを学ばせてもらった。WWEで王者になるのは、名誉なことで大変なことが今、分かる。だから喜びは倍増する。WWEに入って中邑さんとアスカさんが上がってきた道が本当にすごいなと感じている。いつか2人と絡みたい。それが野望」。

NXTクルーザー級新王者となったKUSHIDAの野望は大きく、多い。年間最大の祭典レッスルマニア、真夏の祭典サマースラムという2大PPV大会名を挙げ「そこで防衛戦がしたい」と目標を掲げた後、こう続けた。

「(元WWEヘビー級王者)ダニエル・ブライアンがKUSHIDAと戦いたいと言ってくれているし、それを実現するためにWWEに来たようなものなので。あと(新日本時代に名勝負を繰り広げた)カイル・オライリーとレッスルマニアで試合がしたい。レイ・ミステリオJr.やジョン・シナとも絡みたい。シナは日本で言えば(新日本の)棚橋(弘至)さんかなと。近くでオーラとか人柄とか盗み取りたい。近くにいかなくてはいけないと思う」

前週8日のNXTのPPVテイクオーバー大会でKUSHIDAはピート・ダンとのシングル戦で敗れていた。しかし、翌週にタイトル挑戦のチャンスが巡り、あっという間に王座を初戴冠した。KUSHIDAは言う。「ここは何が起こるか分からない。負けたのに、数日後になぜに王座挑戦できるのか。来週、何が起こるか分からないです、マジで。すごくチャンスにあふれている。男女平等にチャンスが与えられる。女子選手が入場も格好いいし、キャラクターも人格も素晴らしい。より競争が激しくなっている」。

生き残りが厳しいWWEというプロレスの“メジャー舞台”。WWEのベルトを巻いたKUSHIDAは「野望」を大きく膨らませながら、日々勝負を続ける。【藤中栄二】

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ジャガー横田「わが子のように育ててきた」愛弟子の伊藤薫タッグ結成

ストロングスタイルプロレス後楽園大会の記者会見に出席した左から伊藤薫、ジャガー横田、雪妃真矢、安納サオリ(撮影・松熊洋介)

「ジャガーのプロレス」を見せつける。今月22日に行われるストロングスタイルプロレス(後楽園ホール)に出場するジャガー横田(59)が16日、都内で会見し、意気込みを語った。

「わが子のように育ててきた」という愛弟子の伊藤薫(49)と組み、雪妃真矢、安納サオリ組と対決。「伊藤と第一線の戦いで組めるのは師匠としてもうれしい」と語った。女子プロレスで人気と実力のある若手との対戦。「勝負として戦う以上、後輩には負けてはいけない。常にそういう気持ちで挑んでいる」と経験の差を生かし、容赦なくリングに沈めるつもりだ。

伊藤にはデビュー時から指導をしてきた。「柔道上がりで何でもそつなくこなしていて、覚えるのも早かった。新人王も取っているし、実力として申し分ない」と太鼓判を押した。さらに相手2人には「伊藤の攻撃に耐えられる体を持っているかを試させるつもりで組んだ。今は勢いで進んでいるが、負けない体を持っているか」と怖さを植え付けた。ジャガーの魂を継承する伊藤も「プロレス界の母として思っている。(ジャガーさんと)対戦する時はいつも超えるつもりでやってきた。今回も全面に出して戦いたい」と闘志を見せた。

今大会は初代タイガーマスクデビュー40周年記念大会第1弾として行われる。当日は佐山サトルも来場する。ジャガーは昨年12月から3大会連続で出場。若い頃から体格やパワーの違う男子の試合は見なかったが、タイガーマスクの試合は「スピードや技術など学ぶところがあった」とよく見ていたという。「自分との勝負。自分に勝てなければ相手にも勝てない。ストロングスタイルを見せたい」と偉大なレジェンドの前での勝利を誓った。【松熊洋介】

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KUSHIDAがWWE王座初戴冠「日本の皆さん、ついに取りました」

NXTクルーザー級王座奪取に成功したKUSHIDA(左)(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

<WWE:NXT大会>◇15日配信◇米フロリダ州オーランド

19年4月にWWE入りした元新日本プロレスのKUSHIDAが初王座を戴冠した。

前週のPPV大会テイクオーバーで米、英のクルーザー級王座を統一したばかりのNXTクルーザー王者サントス・エスコバーの挑戦者募集を受け、KUSHIDAが登場し、同王座挑戦が実現した。

ミサイルキックで襲いかかったKUSHIDAはWWE殿堂入りした新日本時代の大先輩となる獣神サンダー・ライガーのポーズでエスコバーを挑発。すると鉄製階段にたたきつけられ、ハリケーン・ラナやドロップキックまで浴びる反撃を受けた。負けじとKUSHIDAもアトミックドロップからミサイルキック、マサヒロ・タナカ(ナックルパート)、掌底と連続攻撃で追い詰めた。

さらにスーパープレックス、スープレックス、飛びつき式ホバーボードロックとたて続けに攻め、エスコバーのファントムドライバーをかわしながらフォールの取り合いを制し、丸め込んで3カウントを奪ってみせた。KUSHIDAは「ありがとうございます! 日本のファンの皆さん、ついについに取りました。NXTクルーザー級王座。地道にコツコツと確実に試行錯誤した2年でした。ようやくここにたどり着きました。とりあえず今日はこのすてきなモーメントに酒を飲みたいと思います。やったぜー!」と初王座戴冠に歓喜した。

WWEのレジェンドたちもKUSHIDAの王座奪取を祝福。トリプルHは「成功とはチャンスをつかむために絶好のタイミングを見つけること。KUSHIDAは、まさにそれをした」とSNSに投稿すれば「HBK」ショーン・マイケルズも「NXTでは何でも起こり得る。新たなクルーザー級王者KUSHIDA、おめでとう」とコメントを寄せた。

また試合後、KUSHIDAは早速、元王者ジョーダン・デブリンに絡まれた。「ラッキーだったな。俺はUKに帰るが、いつかベルトを取り戻しに戻ってくるぞ」と挑発されると、新王者らしく「いつでもやってやるよ」と返答してにらみ合いを展開していた。

NXTクルーザー級王者サントス・エスコバー(右)を丸め込むKUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.
NXTクルーザー級王者サントス・エスコバー(左)にミサイルキックを放ったKUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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女子レスラーSarrayが来週WWEデビューへ 猪木からも闘魂注入

米プロレス団体WWEは13日(日本時間14日)、女子のSarray(25)が、来週NXTでデビューすることを発表した。日本で「Sareee」の名で活躍していたSarrayは、昨年2月にWWEと契約していたが、コロナ禍で渡米が延期。その間はシードリングなど日本の団体に参戦しながらトレーニングを続けてきた。今年1月末の大会を最後に準備に入り、2月に渡米。3月18日に正式契約を結んだ。

158センチ、60キロと小柄ながら、メンタルの強さでは誰にも負けない。中学卒業後にプロレスの門をたたいた。周りからはやっていけるか不安の声も聞く中「変わることはなかった」と意志を貫いてきた。15歳でディアナでデビューし、女子プロレスを引っ張る立場となり、18年に初タイトルを獲得した。

WWE入団が決まってからは、多くのレジェンドからエールをもらった。昨年11月にチャリティ精神を受け継ぐ初代タイガーマスクの佐山サトルから特別マスクを伝承。さらにアントニオ猪木やジャガー横田らにも会って魂を注入された。「日本の女子プロレスのすごさを見せ、世界の頂点に立ちたい」という決意を胸にトレーニングを重ねてきた。自身のツイッターでは左ハンドルで運転する姿をアップするなど、生活にも徐々に慣れてきた。渡米して2カ月、Sarrayが満を持して夢のリングに立つ。

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王者アスカが完全復活宣言「私の強みはタフさ」防衛戦直前インタビュー

前歯破折、脳しんとうからリング復帰後初の防衛戦に臨むロウ女子王者アスカ(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

米プロレスWWEのロウ女子王者アスカ(39)が前歯負傷と脳振とうからの完全復活を宣言した。10、11日(日本時間11、12日)に米フロリダ州タンパで年間最大の祭典レッスルマニア37大会が開催。第2日となる11日にリア・リプリー(24)との防衛戦を控える。

2月22日のロウ大会でのタッグ戦でシェイナ・ベイズラー(40)に顔面を蹴られた際に前歯を破折。軽度の脳振とうの症状も見られたが、3週間ほどでリング復帰。カムバック後初の防衛戦を控えるアスカが日刊スポーツのインタビューに応じた。

 ◇   ◇   ◇

米セントピーターズバーグで開催された2月22日のロウ大会だった。シャーロット・フレアーと組み、WWE女子タッグ王者ナイア・ジャックス、ベイズラー組とノンタイトル戦に臨んだ際、マットに倒れたところで顔面にベイズラーの強烈キックを浴び、前歯が折れた。意識はあったものの、検査結果は重傷だった。

アスカ 脳振とうの検査があってチェックして、少しあると。(医療)スタッフと連絡を取りながらで。リングの上でどれぐらい動けるかのチェックもあって、ようやくクリアになって復帰できました。

米メディアには、リング復帰まで1カ月以上と報じられていたが、3週間後となる3月15日のロウ大会からカムバックした。しかし前歯の破折も深刻だった。

アスカ 結局、4カ所のクリニックに行きました。レントゲンを何回撮影したことか。1週間後に手術を受けて。全身麻酔で記憶もない大掛かりな手術でした。完治まで6カ月かかるそうです。治療費用も多分、ベンツのSクラスぐらい(約1500万円)かかると思います。試合の負傷なので私が払うことはないと思いますけれど(苦笑)。

WWEにも負傷欠場が少ない「鉄人」ぶりを認められている存在だけに長期離脱はアスカ自身も驚いたという。

アスカ 本当にビックリしました。(WWEの)プロデューサーたちも私を「タフ」と言ってくれるようなイメージだったので。だから選手、プロデューサー、スタッフから心配するメッセージが届きましたが、私の強みはタフさ。経験、技術面もリビング・レジェンド(生ける伝説)なんですけど、強みはタフというところなのです。

アスカの強靱(きょうじん)さを証明する米メディア調査の記録がある。WWEの歴代女子王座(ロウ女子、スマックダウン女子、NXT女子、NXT UK女子、ディーバス、WWE女子王座、WWE女子タッグ)の総戴冠日数が昨年12月8日に通算1000日間を突破した。

現役女子で首位を独走中で、歴代でも2位(歴代1位はファビュラス・ムーアの1万775日とされる)。2位フレアーの989日、3位ベイリーの951日を大きく上回る。昨年12月20日から今年1月31日までフレアーと女子タッグ王座も保持した2冠王者の時期もあるため、リプリー戦当日の総戴冠日数は1166日となる。

アスカ ちょっと米国行く前に想像した以上のことが起きている。信じられないですね。でも、いつも私はWWEのトップ、世界のトップだという気持ちで戦っています。

挑戦者のリプリーは身長171センチ、体重62キロの大型選手。身長160センチ、体重62キロのアスカにとって難敵なのは間違いない。

今回の相手は背が高くて、技術もある選手。経験は私の方がありますが、どんなに攻撃を受けても、私のタフさをみせたい。立ち向かっていく気持ち、プロレスで立ち向かっていくところを見てほしい。日常で嫌なことがあっても戦いを見て、生きるパワーにしてほしいです。レッスルマニアは4回目ですが、プロレスイベントの頂点ですし、レスラーのあこがれ。私にとっても特別な舞台。ロウ女子王者として防衛戦できるのは夢のようです。

顔面の大ダメージから復帰したアスカが、最大の祭典でタフネスな防衛成功をみせつける構えだ。

◆アスカ 1981年(昭56)9月26日、大阪市生まれ。本名・浦井佳奈子。04年6月、華名(かな)のリングネームでプロレスデビュー。AtoZで活動後、06年3月、慢性肝炎による体調不良で一時引退。07年9月に現役復帰。フリー選手として活動後、15年10月にNXTでWWEデビュー。連勝記録を続け、17年5月にはWWE史上最長記録となる174連勝に到達。同年10月にロウに昇格。昨年5月にロウ女子王座を獲得し、女子グランドスラム(ロウ、スマックダウン、NXT、女子タッグ)を成し遂げた。160センチ、62キロ。

レッスルマニア37大会で開催されるロウ女子王座戦の調印式に臨んだ王者アスカ(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.
レッスルマニア37大会でリア・リプリー(右)の挑戦を受けるロウ女子王者アスカ(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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「殺されるような目つき」小橋建太、藤波辰爾も恐れたザ・グレート・カブキ

ザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)

レジェンドたちが恐れていたプロレスラーがいた。3日に都内で行われた、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベント「レジェンドサミット」で全日本プロレスなどで活躍したザ・グレート・カブキ(72)が登場した。

イベントにはほかに藤波辰爾(67)、長州力(69)、小橋建太(54)、田上明(59)、越中詩郎(62)が参加。昭和時代からリングを沸かせてきた選手たちが、司会者からの「若手のころ怖かった先輩がいたか」の質問に長州、田上以外の3人が口をそろえて「カブキさん」と答えた。70年に日本プロレスに入った藤波は「雰囲気が怖かった。リングサイドで見ていて蹴りも動きがすごかった」と明かした。小橋は「やっぱりカブキさん。殺されるような目つき。近寄れなかったし、控室でも話せなかった」と苦笑いを見せた。

新日本プロレスの平成維震軍として一緒に戦った越中は「キャリアも年齢も違ったが、とても頼もしかった」と話した上で「試合で怒られた記憶しかない」と振り返った。さらにプライベートでの逸話を披露。「本当によく飲まされた」。メンバーで食事に行った際には仲間の“後始末”もさせられることが多かったようで「朝4時ごろに六本木警察に行ったこともある」とエピソードを語った。

後輩たちの暴露にさすがのカブキも苦笑い。「ほかの選手が『カブキと飲み行くな』と言っていたみたい」。周りに一目置かれる存在だったが、それでも平成維震軍のメンバーに溶け込もうと、加入後には結束の証しとして頭をそり上げた。「家で髪を切った。娘が保育園から帰って来て、お帰りと言ったらぎゃーって逃げていった。それが一番の思い出」と目を細めた。

現在でも平成維震軍のメンバーがリングに上がることもある。カブキも毎試合、セコンドとして参戦する。「日本での最高のチームだと思っている。お客さまを引きつけて、喜ばせるのがプロレス。試合を見ていたら、またやりたくなりますよ」。イベント後には集まったファンとにこやかな笑顔で記念撮影。現役時代からリングの上でも外でも暴れ、恐れられたカブキだが、プロレスへの愛着と魂は今も昔も変わらない。【松熊洋介】

ザ・グレート・カブキ(左から2人目)ら平成維新軍のメンバー(1994年12月12日撮影)
グレート・ムタ(右)とザ・グレートカブキ

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「レジェンド」里村明衣子が王者・レイ破る 置き土産は意味深「黒い羽根」

タッグ戦でアイラ・ドーンにミドルキックを打ち込む里村明衣子(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

<WWE:NXT UK特別大会プレリュード>◇8日(日本時間9日)◇英ロンドン

WWEで「女子レジェンド」と呼ばれる里村明衣子(41=センダイガールズ)が、因縁のNXT UK女子王者とのタッグ戦を制したエミリア・マッケンジーとタッグを組み、同王者ケイ・リー・レイ、アイラ・ドーン組と特別大会で激突した。

因縁の王者に押され、コーナーに追い詰められた里村は激しいストンプ攻撃を食らった。何とか抜け出すと蹴り連打からマッケンジーとの合体キックなどでドーンに反撃。さらに里村がスピンキックからオーバーヘッドキック、ジャーマン・スープレックスと連続攻撃でレイにダメージを与えたが、逆にゴリー・ボムを浴びて3カウントを狙われ、何とかマッケンジーの救援で逃れた。再びレイを捕獲し、顔面絞めに入るとロープエスケープされた。場外でマッケンジーがレイにジャーマン・スープレックスで足止め。さらにリングでドーンを丸め込み、3カウントを奪取して勝利。里村もリング介入を狙うレイをブロックする好アシストをみせた。

試合後、NXT UK女子王者組に勝利した里村はマッケンジーと抱擁していると、ステージにはイーファ・ヴァルキリーが登場。黒い羽根を花道に置いたヴァルキリーから意味深に見つめられ、里村は無言のメッセージを受け取った形となった。

試合後、エミリア・マッケンジー(左)と笑顔をみせる里村明衣子(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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療養天龍を長州力ら激励「とんでもないラインきた」

日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーする長州力(左)と藤波辰爾(撮影・柴田隆二)

レジェンドたちが病床の盟友にエールを送った。

日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベント「レジェンドサミット」が3日、都内で行われ、藤波辰爾(67)、元プロレスラーの長州力(69)らが療養中の天龍源一郎氏(71)を激励した。

本来なら今イベントの立ち上げの1人である天龍氏も参加する予定だったが、先月19日から検査入院しており、不参加。最初に長州と壇上に上がった藤波は「元気そうだという話を聞いた。次回は参加してくれると思う」と思いを明かした。長州は数日前にLINE(ライン)でやりとりをしたことを明かし「ここでは言えないが、とんでもないラインが来た。今は検査入院。源ちゃんは元気いっぱいですよ」と集まったファンを安心させた。

壇上でトークショーを行った藤波と長州。2人はともにアントニオ猪木氏(78)に指導を受け、82年からはお互いの軍団同士で抗争を繰り広げるなどして新日本プロレスを盛り上げた。当時を振り返った藤波は「控室でも顔を合わせず、リングに上がると(お互いに)感情をむき出しにして戦っていた」。2人の戦いはファンも刺激したようで「周りでお互いのファン同士がケンカするなど、あり得ないことが起こっていた」と当時のエピソードも披露した。

「日本プロレス殿堂会」は昨年2月に、藤波、長州、天龍氏らが、2世たちと協力し、結成。協会が存在しない業界の中で「プロレスの宝を守ろう」と、文化の伝承や、歴史を創ってきたレジェンドの功績をさまざまな形で伝えていく活動を行っている。昨年はコロナ禍で開催できなかったが、この日ようやく第1回のイベントが実現。藤波は「今後は往年で活躍した選手たちを殿堂入りさせたい」と意欲を見せた。

この日は、小橋建太氏(54)、田上明氏(59)、越中詩郎(62)、ザ・グレート・カブキ(72)も参加。リング上でぶつかり合った仲間たちと久しぶりの再会を楽しんだ。先月天龍氏とのトークショーを行う予定だった小橋は今イベントに参加を志願。「代わりになるかは分からないが、名乗りを上げさせてもらった。回復も祈っているし、今度は戻ってきて、天龍節を聞けることを楽しみに、第2回もまた来てください」と語った。

また天龍氏は、娘で「天龍プロジェクト」の代表取締役である嶋田紋奈氏を通じ「行けなくなってしまいましたが、みなさん殿堂会の1周年を盛り上げてくれてありがとう。俺はまたファンに元気な姿を見せられるように頑張ります」とメッセージを寄せた。

日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーする小橋建太氏(左)と田上明氏(撮影・柴田隆二)
日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーをする越中詩郎(左)とザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)
日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」で記念撮影に納まる。左から長州力、藤波辰爾、小橋建太氏、田上明氏、越中詩郎、ザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)

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「世界最高峰」里村明衣子が王者・レイと再び激突

ミリー・マッケンジー(右)を救出した里村明衣子(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

<WWE:NXT UK大会>◇1日(日本時間2日)◇英ロンドン

WWEで「女子レジェンド」と呼ばれる里村明衣子(41=センダイガールズ)が8日、NXT UK王者女子王者ケイ・リー・レイとタッグ激突することが決まった。

リングに入った王者レイが「世界最高峰の里村明衣子を倒したぞ。私はお前たちの永遠の王者だ」と王座ベルトを掲げていると、話を遮るようにミリー・マッケンジーがステージに登場。「NXT UKに戻る完璧なタイミングを待っていたんだ。ベストを倒すためにここに来た」と挑発すると、アイラ・ドーンに背後から襲撃された。数的不利の状況に陥ったマッケンジーの救出のために里村が姿をみせ、乱闘の末にハイキックで王者レイを蹴散らした。

その後、里村がマッケンジーとタッグを組み、8日に英ロンドンで開催されるNXT UKプレリュード大会でレイ、ドーン組とタッグ激突することが発表された。

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元UFC王者シウバ、チャベスJrとボクシング戦

米総合格闘技UFCで10回防衛を誇った元ミドル級王者アンデウソン・シウバ(45=ブラジル)が6月19日、メキシコ・グアダハラのハリスコ・スタジアムで元WBC世界ミドル級王者フリオ・セサール・チャベスJr.(35=メキシコ)とボクシングマッチに臨むと30日(日本時間31日)、発表された。ライトヘビー級とクルーザー級の間となる180ポンド(約81・19キロ)契約体重10回戦で拳を交える予定だ。

UFCのレジェンドの1人となるシウバは母国ブラジルで98年、05年にボクシングマッチを経験しており、1勝1敗の戦績を残している。「私の旅を振り返ると無駄なものは何もない。フリオ・セサール・チャベスJr.戦で私自身のボクシング技術を試す機会となり、とても満足している。ボクシング練習も継続して練習している。戦いは私の永遠の息吹です」とコメントしている。

総合格闘家としてのシウバは20年10月のユライア・ホール戦で4回TKO負け。同年11月にはUFCから解雇となっていた。

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