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大相撲裏話

元幕下大司「ごっちゃんこ」として路上パフォーマンス、第2の人生でも土俵と同じ高揚感を

17年秋場所で引退した元幕下の大司。現在は「ごっちゃんこ」の名で路上パフォーマーとして活動している(ごっちゃんこさん提供)

2017年秋場所で現役引退した大相撲の元幕下大司(ひろつかさ、30)は、「ごっちゃんこ」の名で路上パフォーマーとして活動している。11月中旬に東京都内の繁華街に訪れ、まわし姿でお客さんと路上相撲をしたり、自作のフリースタイルラップを披露したりした。投げ銭のかごがわずか30分でいっぱいになる盛況ぶりだった。「お客さんのノリに後押しされて、良いパフォーマンスができた」とうれしそうに言った。

活動の原点は、腰椎椎間板ヘルニアで満足に稽古が積めなかった同志社大の相撲部時代。気を紛らわせようと友人と一緒に音楽バンドを始め、まわし姿でドラムをたたいて歌う「まわしパーカッション」を担当した。ライブハウスに集まった客から受ける声援が気持ち良くなり、次第にソロ活動へ。より手軽にできるフリースタイルラップに目覚め、路上ライブをするようになった。

大学卒業後の15年春に入間川部屋に入門。そこからは活動と離れていたが、引退後は「土俵に立つときと同じくらいの高揚感を味わえるから」と再び路上に戻った。

第2の人生を歩む今、同学年の活躍は大きな励みだ。関脇の御嶽海、小結の翔猿、平幕の北勝富士や宇良など有望株が多い平成4年生まれ。「現役の時は負けないぞと思って気合を入れてもらった」と稽古していたが、引退した今は「けがや痛みと闘って土俵に上がる姿に勇気づけられる。彼らは彼らの道で納得いくまで相撲を取り、俺は俺の人生を楽しむぞ、と刺激を受けてます」と笑った。

ごっちゃんこさんは、今日もどこかの街に出て、路上ライブに精を出す。風変わりな活動に見えるが、「今はこれが一番自分らしさを表現できるんです」。自信満々に訴えかける言葉が印象に残った。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

◆ごっちゃんこ 本名・太田航大。1992(平4)年8月30日、愛知・岡崎市生まれ。6歳から相撲を始め、同志社大卒業後に入間川部屋に入門。大司(ひろつかさ)のしこ名で15年春場所で初土俵を踏み、17年秋場所で引退。最高位は東幕下49枚目(16年秋場所)。引退後は路上パフォーマーとしてまわし一丁でライブや相撲を行っている。自作したラップの代表曲には「ヘルニア」や「路上」がある。

相撲教習所時代の一枚。後列は左から御嶽海、北勝富士、翔猿で、前列は左から大元、宇良、大司(ごっちゃんこさん提供)
ドラムボーカルをする元幕下大司のごっちゃんこさん(ごっちゃんこさん提供)
相撲教習所時代の一枚。左から翔猿、御嶽海、宇良、北勝富士、大司、大元(ごっちゃんこさん提供)
17年秋場所で引退した元幕下の大司。現在は「ごっちゃんこ」の名で路上パフォーマーとして活動している(ごっちゃんこさん提供)
都内の繁華街で路上パフォーマンスを見せる元幕下大司のごっちゃんこさん(撮影・平山連)

相撲よりピアノ歴が長い鳴滝「僕の癒やし」十八番はTM NETWORKの「GET WILD」

鳴滝

西幕下36枚目の鳴滝(24=伊勢ノ海)のストレス発散法は、小学校4年生から始めたピアノを弾くことだ。都内のスタジオで時には6時間以上没頭するほど熱中する趣味で、部屋の力士たちに自作した曲を披露することも少なくない。「相撲は精神的にも負担が結構大きいので、ピアノを弾くのが僕の癒やしになっています」と力説した。

「不純な動機なんですけど…」と打ち明けるピアノとの出合いは、好きな女の子に誘われたから。紹介された教室に通っているうちに夢中になった。曲をマスターするたびに大きな達成感を得て、ついには「好きな子がやめても続けてました」。小4から高3までの約9年間通った。「実はピアノ歴の方が相撲より長いんです」と話す。

十八番はTM NETWORKの「GET WILD」。弾く際の指の感覚が染みついている。気に入った曲を何度も練習して自分が納得するまで仕上げる過程は、相撲とはまた違うやりがいを感じている。「僕は音楽には上とか下がないと思っていて、自分を好きなように表現できるところが良いですよね」。今場所は4勝2敗で既に2場所連続の勝ち越しを決めている。残り一番もしっかり勝ち切り気持ちよく帰って、美しい音色を奏でたい。【平山連】

静岡・飛龍高相撲部で初女性主将、熱海富士の妹・武井陽奈さんは「他の部員の手本になっている」

熱海富士の妹で飛龍高相撲部主将の武井陽奈さん(撮影・平山連)

全国大会で数多くの実績を誇る静岡・飛龍高相撲部で新チームから創部約50年で初となる女性主将が誕生した。九州場所で新入幕の熱海富士(20=伊勢ケ浜)の妹、武井陽奈(ひな)さん(2年)だ。監督の栗原大介教諭は「過去の実績と練習への取り組み方が他の部員の手本になっている」と期待して抜てきした。

「相撲センスは兄より妹」というのが周囲の声。小中学校の頃から数々の全国大会で表彰台に上がった陽奈さんは、3歳年上の兄と同じく飛龍高に進学。相撲部では男子部員らに交じって稽古に励み、今年4月に国際女子相撲選抜大会の軽量級で3位に輝いた。

主将に就いたことに陽奈さんは「他校の生徒たちとかから『女子で大丈夫なの?』とか言われちゃうのかな」と不安もある。自主性を重んじながら強豪校に上り詰めた同校の伝統を受け継ぎながら、部員たちをどうまとめるか。個人競技の性質が強い相撲だが、大会では団体戦もある。自分の成績だけではなく部員一同で団体優勝をつかみ取りたいといい「女子でも大丈夫なんだということを見せたい」と意気盛んだ。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

朝青龍FW選出にサッカー通の鶴竜親方反論「ガッツあるからDF」/大相撲力士ベストイレブン

フットサルの試合で、デルピエロ氏(右)にボールを奪われ、悔しがる元横綱朝青龍

もしも大相撲の引退力士の中からベストイレブンを組んでみたら…。ついに開幕したW杯カタール大会に合わせ、角界きってのサッカー通として知られる元横綱鶴竜の鶴竜親方にこんな話題を振ってみた。記者が考えに考え抜いた布陣(いずれも現役時のしこ名)を力説すると、同親方も興味津々。時折うなずきながら、持論を展開してくれた。

布陣は4-2-3-1。GKは武蔵丸。DFは右から寺尾、千代大海、安美錦、玉乃島。2ボランチに旭国と鶴竜。その上の3枚は左に魁聖、中央に千代の富士、右に白鵬。個性派ぞろいの集団は、はまれば面白い。ここまでは鶴竜親方も理解を示してくれた。

問題の1トップ。記者が選んだのは第68代横綱の朝青龍。驚異的な運動神経と負けん気の強さで得点を量産すると訴えたが、同親方は「ガッツがあるからDFの方がいいね」と反論。では1トップは誰に?と尋ねると、「ヘディングが強そうだから、琴欧洲で決まり」と一択。さらに妄想を膨らませると、あの人は? この人は? と名が出てくる。今度は現役力士縛りで選ぼうか。開幕したばかりのW杯に合わせ、そんな気持ちが芽生えた。【平山連】

記者が選んだ選手とその選考理由は以下の通り。システムは4-2-3-1

▽GK武蔵丸

◆記者の選考理由 正直、曙と迷った。ただ、温厚そうな顔立ちからにじむ懐の深さから、武蔵丸を選んだ。きつい時間帯にも味方を励ます声を掛けられそうだし、何より190センチを超える身長と体重200キロ超の体格は魅力。まさに壁。最後のとりでとしてうってつけだと思った。

▽DF(右から)寺尾、千代大海、安美錦、玉乃島

◆記者の選考理由 いずれも最後まで集中を切らすことなく、走り続けられそうな守備陣を基準に置いた。熱いバトルを展開する千代大海は強度の高い対人ディフェンスが売りで、CBを一緒に組む安美錦はきめ細かいラインコントロールで守備陣を統率する。これならどんなFWにも対応できそう。両サイドは、バランスを見ながら前線まで駆け上がったり、最終ラインまで戻ったりと上下移動を繰り返すことを期待した

▽MF(2ボランチ)旭国、鶴竜

◆記者の選考理由 しぶとい相撲から「ピラニア」の異名で恐れられた旭国には、縦横無尽に顔を出してボールを奪う役割を期待。一方でサッカー通の鶴竜には、高い戦術理解度と確かな足元の技術を生かして攻守で存在感を発揮してほしい。それぞれの出来が試合の結果に直結しそうだ。

▽MF(ボランチの上3枚で左から)魁聖、千代の富士、白鵬

◆記者の選考理由 角界随一のゲーム好きという魁聖はサッカー王国ブラジル出身で、ゲームの腕と同様に、多彩なテクニックで攻撃のタクトを振るうはず。幕内優勝の最多回数(45度)を誇る白鵬と「ウルフ」の愛称で親しまれた千代の富士には、土俵上で見せた勝負強さを今度はピッチの上で表現してほしい。

▽FW(1トップ)朝青龍

◆記者の選考理由 けがで夏巡業の休場届を出しながら母国モンゴルでサッカーに興じたことは話題になったが、改めて当時の映像を見てみると、その華麗な動きに驚きを隠せない。鍛え抜かれた強靱(きょうじん)な肉体から放たれる強烈なシュート。DFと駆け引きをしながら、絶妙なタイミングで裏へ抜け出す得点感覚。試合終了の笛が鳴るまでトライし続ける圧倒的なメンタル…。どんな点においてもストライカーに必要な要素を兼ね備えているはず。まさしく生粋のゴールハンター。最前線で敵の脅威になり続けるはずだ。

フットサルの試合前に握手する、元横綱朝青龍(左)とデルピエロ氏

玉の海を忘れてほしくない 没後半世紀、同級生らが結集して「横綱玉の海展」

土俵入りのポーズをきめる第51代横綱の玉の海(撮影・平山連)

忘れてほしくない人がいる。先月、愛知・蒲郡市で行われた没後半世紀を記念する「横綱玉の海展」に足を運んだ際、玉の海の蒲郡中時代の同級生の荒島伸好さん(78)から聞いた言葉が印象に残った。「若い人たちにとって地元出身の有名人といえば、プロ野球の千賀投手。玉の海を知っている人がほとんどいない。寂しいじゃないですか」。全力士の頂点に立った旧友を後世に伝えたいという思いがあふれた。

約90点の資料が並んだ第51代横綱の玉の海を紹介する企画展(撮影・平山連)

第51代横綱の玉の海のまげなどが展示された企画展(撮影・平山連)

第51代横綱玉の海の座布団(撮影・平山連)

第51代横綱の玉の海が使っていた明け荷(撮影・平山連)

中学3年の頃に相撲大会に出てもらうと、初出場ながら県大会で3位になった旧友。荒島さんは「天性の素質に加えて稽古熱心。わずか数カ月間一緒に練習しただけで、私たち相撲部員を追い抜いていった」といい、卒業後に角界入りして順調に歩む姿を自分ごとのように喜んだ。

70年初場所後に北の富士(現在NHK解説者の北の富士勝昭氏)と横綱に昇進。順風満帆な日々を送っていた矢先、翌年10月右肺動脈幹血栓症により27歳の若さでこの世を去った。

第51代横綱の玉の海の石像の横に立つ中学時代の同級生の荒島さん(撮影・平山連)

第51代横綱の玉の海の墓の前に立つ中学時代の同級生の荒島さん(撮影・平山連)

あれから51年。同級生らが結集して1500人以上が訪れる企画展ができたが、満足しない。自身にとっては今も地元のヒーロー。「今度は玉の海の常設展示や名前を冠した相撲大会を開きたい」と目を輝かせた。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

気は優しくて力持ち…山中で脱輪の約900キロ軽ワゴンを軽々と 立浪部屋の力士たちが救出

大相撲九州場所 2日目 琴裕将に押し出しで敗れた北大地(2022年11月14日撮影)

力士は気は優しくて、力持ち-。まさにその言葉を体現する、あっぱれな救出劇が場所前に起こった。

11月11日。稽古休みだった立浪部屋の幕下北大地(24)と三段目筑波山(20)は、部屋の関取衆の明け荷を会場の福岡国際センターに運びに行った。その帰り道。トレーナーが運転する車に乗って山中を走っていると、対向車線に1台の軽ワゴン車が止まっていた。周囲に複数の人がおり、異変を察知。左前輪が側溝にハマって脱輪し、運転手らが立ち往生していた。

車を降りて助けにいった。北大地とトレーナーが脱輪した左前輪側から車体を持ち上げると、ふわっと浮き上がる約900キロの軽ワゴン車。右前輪側についた筑波山も合わせて持ち上げ、手前に引いて車体をずらす。ものの1分での救出劇。ささやかながら山中に歓声と拍手が沸き起こった。

負傷する可能性もゼロではなかった。それでも両力士は「迷いはなかった」と口をそろえた。北大地が「稽古の方がしんどいです」と話せば、筑波山は「すごく軽かったっすよ」と涼しい顔。ともに一番相撲で黒星発進となったが、きっと相撲の神様は見ている。【佐々木隆史】

大相撲九州場所 初日 透輝の里(左)を攻める筑波山(2022年11月13日撮影)

「博多駅地下街」が式守勘太夫“指定”の懸賞「良い行司いること知ってほしい」付き合い20年以上

行司の式守勘太夫と博多駅マイング駅地下1番街の懸賞旗(撮影・岩下翔太)

大相撲の応援の1つに「懸賞」がある。企業や後援会が、応援する力士や「初口」「結びの一番」など取組を指定して懸けるのが通例だ。今場所の場合、力士指定の最多は「大関貴景勝」の153本、「結びの一番」には164本が懸けられた。15日間の総数は約1300本で新規申し込みは4社。そのうちの1社で今年初登場の「博多駅マイング駅地下1番街」は、力士や取組ではなく、幕内格行司の式守勘太夫(54=朝日山)を“指定”した懸賞だ。

懸賞を出した博多駅地下街の商店街担当の永留和宏さんは「(商店街の)会長から懸賞を出してもいいのではと提案があった」と明かした。博多どんたくに博多祇園山笠。それらの福岡・博多を代表する祭と同様に「11月の大相撲九州場所も福岡の伝統文化」と認識。商店街として九州場所に懸賞を出すことになった。では、どの力士に、はたまたどの取組に懸けるか-。考えていた永留さんは、20年以上の付き合いがある式守勘太夫に相談した。

懸け方の話し合いになると、式守勘太夫から「僕に懸けて下さい」と提案を受けた。式守勘太夫は17年12月に四肢に力が入らなくなる病気、ギラン・バレー症候群を発症。自力で歩行できなくなり緊急入院し、リハビリ開始当初は首しか動かせず、復帰を諦めた時期もあった。18年初場所から5場所連続休場。それでも懸命の治療の末、同年九州場所から土俵に戻った。

その苦労を知る永留さんは「大変な時があったからね。元気づけたかったし、良い行司がいることをみんなに知ってほしいというのもあって」と15日間、式守勘太夫が1日二番裁くうちのどちらか一番に懸賞を懸けることにした。

しかし、懸賞は勝った力士がもらうもの。行司はあくまで力士に渡すだけだ。それでも永留さんは「取組が終わった後、1枚でもいいから懸賞を力士に渡せるのは行司さんにとってもいいことじゃないかな」と話した。

初日は、式守勘太夫が裁いた隆の勝-栃ノ心の一番に懸賞が懸かった。寄り切った栃ノ心に軍配を上げたが物言い。協議の末、先に栃ノ心の足が出ていたとして、差し違えとなった。式守勘太夫は「初日は(懸賞旗を)見ましたが、差し違えてしまいました。緊張するもんですね。この2人のうち、どちらかがもらうんだなということが頭に入ってしまって」と反省。その様子をテレビで見たという永留さんは「いきなり差し違えてましたね。緊張ですかね。わはははは」と豪快に笑った。

あくまで自身が裁く一番に懸かるもので、自身が手にする懸賞ではないが「それでも力士に渡せるのは気持ちがいい。これもまた縁です。本場所後に(力士から)封筒だけをもらって、懸賞を出してくれた方にあげたい」と感謝した。10年以上、懸賞の管理を担当する日本相撲協会員が「行司を指定しての懸賞は聞いたことがないですね」と話すほどまれな行司指定の懸賞。これもまた、年に1回の地方場所らしい懸賞だ。【佐々木隆史】

行司の式守勘太夫(撮影・岩下翔太)
行司の式守勘太夫と博多駅マイング駅地下1番街の懸賞旗(撮影・鈴木正人)

丁寧に教える琴ノ若と端的に問題点を指摘する大関正代 千差万別の関取衆の指導に好感

四股の踏み方をこまめにアドバイスする琴ノ若(撮影・平山連)

丁寧に教える平幕の琴ノ若(24=佐渡ケ嶽)と、ここぞという場面で端的に問題点を指摘する大関正代(31=時津風)。稽古場での若い衆への指導は対照的に映ったが、間近でその様子を見た記者はどちらの対応にも好感を持った。

前者は、九州場所(13日初日、福岡国際センター)前の取材で訪れた千葉・佐渡ケ嶽部屋で目撃した。腕立て伏せのノルマをこなそうと必死の若い力士の横で回数を数える琴勝峰(23)、筋力トレーニングの手本を見せた上で実際にやってみるように促す琴恵光(30)、胸を出して相撲を取りながら、気づいたことをアドバイスする琴ノ若。師匠と一緒に3人の関取が幕下以下の力士たちに率先して教える姿には、きめ細かさと気配りが感じ取れた。

琴ノ若は「下で上がってきている子たちが上に上がれば、他の下の子たちの刺激になる。指導している中でも自分が気づくこともあるので、一緒に伸びていけたら」と積極的な指導の意図を明かした。自身も若い頃には琴奨菊(現・秀ノ山親方)や琴勇輝(現・北陣親方)、部屋付き親方衆やかつて同部屋の若者頭を務めた琴千歳さんから目をかけられた。付きっきりで指導してもらった恩が今の行動につながってる。「自分もいろいろな人たちに面倒を見てもらって、そうやって上がってこれた。そういう感謝の気持ちを忘れず、今度は自分の経験を下の子にもつないでいきたい」と述べた。

かたや大関正代。九州場所に向けた取材で時津風部屋の稽古場に行った際、その日は錦木(32)、北勝富士(30)が出稽古に来ていた。関取衆が申し合いをしていた際、気の抜けた振る舞いを見せた若い衆2人に「しゃべるのなら、出て行っていいよ」と退場するよう促した。

落ち着いた口ぶりで端的に問題点を指摘されると、怒鳴られるよりもずっと怖い。まして普段は温厚な正代となれば、その効果は絶大。自分の経験と重ね合わせると、めったに怒らない先生から叱責(しっせき)された時の方がへこむ。偶然出くわした一連の出来事にはそんな記憶が呼び起こされた。「他の子たちにも影響する」からと理由を説明した正代は、稽古終了後に叱った若い衆に自ら話しかけていた。懐の深さも垣間見た。

相撲担当となって、はや半年。現在43部屋ある部屋のうちわずかしか訪れたことはないが、部屋によって雰囲気が違って面白い。稽古に打ち込む力士たちの1つ1つの動きを見逃すまいとペンを走らせたり、目に焼き付けたり。まだ担当となって日が浅い記者にとっても、関取たちの言葉や行動には目からうろこが落ちることが数々ある。【平山連】

ぶつかり稽古で胸を出す大関正代(撮影・平山連)

ネクスト大関は若隆景が約3割と最多 秋巡業で「大関」について100人アンケート

大相撲の秋巡業で日刊スポーツは、「大関」に関することをテーマに来場者約100人にアンケートを行った。

<1>今の大関陣の活躍についての満足度(大変良い、良い、どちらでもない、やや悪い、悪い)とその理由

<2>大関とはどんな存在であるべきか

<3>ネクスト大関候補とその理由の3点について尋ね、<3>では関脇の若隆景(27=荒汐)を挙げる声が回答のうち約3割に上った。

大関候補No.1に選ばれた若隆景

29票を得た若隆景は、同じ関脇の豊昇龍(23=立浪)らを抑えてダントツだった。ファンからは「安定した相撲を取れている」「今後の相撲界を背負って立つ存在になって」などと好意的な評価が相次いだ。埼玉・久喜市内の男性は「千代の富士のような体をしていて相撲がうまい」。埼玉県在住の38歳女性は「勝ち越しを続けているし、何より『華』があります」と絶賛した。

先場所は初日から3連敗を喫するなど出遅れたが、そこから8連勝。12日目に平幕の高安(32=田子ノ浦)に敗れはしたが、11勝4敗で技能賞を獲得。大関取とりへの起点とした。1年を締めくくる九州場所(11月13日初日、福岡国際センター)で大関取りの足固めを狙いたいところ。

2位は共に12票で2人の名が挙がった。1人は関脇豊昇龍、もう1人は大関経験者で幕下の朝乃山(28=高砂)だ。

秋巡業で稽古に参加する豊昇龍

前者については叔父の元横綱朝青龍を重ね合わせるファンも少なくなく、「スケールが大きい」(茨城県在住30歳男性)。「血筋からいっても、遅かれ早かれいつか綱を張れる」(埼玉県在住55歳女性)といった声も。新関脇として臨んだ先場所も8勝を挙げて勝ち越すなど、「最近の活躍がめざましい」(群馬・前橋市の43歳男性)と目の肥えた相撲ファンもうならせた。

かたや幕下でありながら、大関経験者の朝乃山。ファンの期待は今も変わらないようで、「大関に返り咲くの時間の問題」(群馬・桐生市の68歳男性)といった声が数多くあった。日本相撲協会の新型コロナウイルス対策ガイドライン違反による6場所出場停止処分が明けた名古屋場所で7戦全勝して三段目優勝し、7戦全勝なら十両復帰が確実だった秋場所は六番相撲で負けて6勝1敗。九州場所での十両復帰とはならずも、「この人しかいない。大関、いや横綱になれる人でしょ!!」(千葉市の51歳男性)と期待を寄せる声は依然高い。

ネクスト大関候補としては他に、6票→琴ノ若、4票→大栄翔、霧馬山、阿炎、高安、3票→明生、隆の勝が続いた。【平山連】

秋巡業で稽古に参加する大関正代

秋巡業でファンのサインに応じる大関貴景勝

○…秋場所時点の3大関(貴景勝、正代、御嶽海)の活躍の満足度については、最多が「やや悪い」(25人)で、1票差で「良い」(24人)が続いた。

「やや悪い」とした理由について、「あっけない取組が多いような気がする」(東京都在住66歳女性)「大関陣が定着せず見ごたえがない」といった厳しい意見が並んだ。その一方で「良い」と答えた人の中には「ずばぬけた存在がいないため、観ていてハラハラする」(群馬・太田市の25歳男性)など実力伯仲の状況について好意的に捉える声も。

埼玉・久喜市内の53歳男性は「ふがいないという部分はあるけどれ、誰が勝ってもおかしくないという場所は逆に面白い」という理由で、「大変良い」と回答していた。

○…「大関とはどんな存在であるべきか」という問いには、優勝争いに絡んでほしいという声が目立った。「横綱を目指し、横綱や勢いのある平幕を倒せる本場所の『要』」(埼玉・久喜市の11歳男性)「最低でも10勝を」(さいたま市38歳男性)というように、その地位にふさわしく求められるハードルの高さがうかがえた。

◆大関 江戸時代を通じて最高位で、1890年までは横綱免許を授与された力士も番付上は「大関」と記載された。1909年に横綱が制度化されたが、大関は番付から欠いてならないとされる。現在、東西に大関が1人ずついない場合、横綱が大関の地位を兼ねて「横綱大関」として地位を書かれることがある。

正代のメンタル的強さを垣間見た 負け越した秋場所…取材の場に現れなかった当時の心境を即答

大関昇進披露祝賀会、壇上であいさつする正代(2022年10月23日=代表撮影)

11月13日に福岡国際センターで、一年納めの大相撲九州場所が開催される。熊本出身でご当地場所となる大関正代(30=時津風)は、10月23日に自身の大関昇進披露祝賀会に参加。九州場所に向けて「(九州)出身としていい相撲を見せたい。いい成績で終えられるようにしっかり調整したい」と意気込んだ。

正代とは言えば、よく“ネガティブ”の代名詞がついてまわった。実際にネガティブな発言が多く、温厚な性格がゆえに、報道陣からもネガティブ思考について少しいじられるような形で取材を受けることも多々あった。ただ、20年秋場所で初優勝して大関に昇進して以降は自信をつけたのか、本人の口からネガティブな言葉が出ることは少なくなったように思えた。

コロナ禍になって、本場所中の取材はオンラインで行われるようになった。取組を終えて帰り支度を済ませた力士は、任意でパソコン画面の前に立って報道陣の質問に受け答えしている。その日の取組に負けたらオンライン取材に応じない力士が多い中、正代は勝っても負けてもオンライン取材の場に現れた。ただ、2日目から9連敗して早くも負け越しが決まってしまった秋場所だけは、オンライン取材の場に現れなかった。

秋場所以降、久しぶりの公の場となった自身の大関昇進祝賀会で、秋場所中の対応について話題を振られた。すると正代は「記者さんにあたりそうになったので。メンタル的に整理できてなくて」と即答した。止まらない連敗、九州場所では自身5度目のかど番、周囲からの声、などなど。簡単には受け止めることができない現実に直面した当時の心境を明かした。この心境にうそ偽りはないと思った。本当にそう思ったのだろう。ここまで正直に答える力士も珍しいと思うと同時に、きっぱりと答えた姿に正代のメンタル的強さを垣間見た気がした。

当然、気持ちを強く持つだけで急に強くなれるわけはない。ただ、ポジティブな気持ちは絶対に有利に働くと記者は思う。正代は祝賀会で「優勝争いを先頭で引っ張りたい。今日祝賀会に来た皆さんがパーティーに来て良かったと思えるようにしたい」と意気込んだ。大関に昇進してからの2年間、優勝争いに絡むことができず歯がゆい場所が続いてきた。秋場所での11敗は大関に昇進して以降ワースト。これ以上ない逆境を乗り越えられるかどうか。“ポジティブ”正代なら、きっとやってくれそうだ。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

正代(2022年9月24日撮影)

九州場所で31年ぶり“珍事”も…全場所で異なる優勝力士 横綱、大関が引っ張るV争いが見たい

1年納めの九州場所が11月13日から始まる。力士にとっては、2カ月に1度は本場所が開催されるサイクルなのだから、1年で何かを区切るということはないかもしれない。私たちのように、1年全ての場所に立ち会ってきた報じる側も、同じような感覚だが、時代の流れをくみとる上で「この1年」と区切って振り返るのも悪くはない。何せ九州場所の結果次第では、31年ぶりの珍事が起こるかもしれない“混戦ぶり”なのだから…。

若隆景(22年7月撮影)

関脇御嶽海の3度目の優勝で始まった2022年。場所後に大関昇進を決め、大関初陣も11勝を挙げ「さあ横綱への足固め…」と思いきや、肩のケガもあってその後の低調ぶりは周知の通り。納めの場所が大関復帰挑戦の場所になろうとは誰が想像しただろうか。その春場所は新顔が賜杯を抱いた。新三役の関脇若隆景が高安との優勝決定戦を制し、出身地の福島に光を当てた。休場明けの照ノ富士が横綱の面目を保ったのが夏場所。中盤からの7連勝で、何とか優勝ラインを12勝でキープした。休場明けといえば名古屋場所の逸ノ城も同じ。前場所をコロナで全休したが、フタを開ければ怪力復活を見せつけ若隆景同様、初優勝をもぎ取った。記憶に新しい秋場所は「鉄人」玉鷲が、突き押しのパワーさく裂で2度目の優勝を果たした。

もうお分かりでしょう。今年はここまで、全ての場所で優勝力士が異なっている。仮に納めの九州場所で前述の5人以外が賜杯を抱くことになれば、年6場所制となった1958年(昭33)以降、3度目の“混戦イヤー”となる(別表<1>)。

別表<1>年6場所で全て異なる優勝力士輩出

最初が今から50年前の72年で、当時の在位とのちの昇進を含めれば横綱3人(北の富士、琴桜、輪島)が名を連ね、名脇役といえる3人(栃東、長谷川、高見山)が賜杯を抱いた。

2度目は31年前の91年。30代に足を踏み入れた私も相撲担当を拝命していた時代で、記憶に残っている。この時は2場所連続で佐渡ケ嶽勢(琴富士、琴錦)の平幕優勝こそあったが、現役終盤ではあっても横綱、大関陣が互いの意地をぶつけ合い横綱北勝海(現八角理事長)ら4人(ほか旭富士、霧島、小錦)がメンツを保った。

仮に今回、3度目の珍事となった場合、過去2度と比べると少々、物足りなさを感じる印象だ。横綱、大関陣で照ノ富士しか名を連ねていないこと、近い将来の横綱、大関をうかがえる力士が果たしているのかを考えると…。現状では辛うじて若隆景がその候補の1人で、その若隆景に非は全くないのだが、明るい未来を描くには心もとないのが現状の勢力図だ。豊昇龍、霧馬山、琴ノ若、隆の勝、明生…ら有望力士として名前は挙がるが、壁を突き破るまでには至っていないのが現状だ。

そんな兆候は、ここ数年に見られる傾向だ。今から2年前も同じように、優勝力士の顔ぶれがコロコロ変わった。この年は5月の夏場所が、新型コロナウイルスの感染拡大で開催が中止され「年5場所」となったため前述の珍事は起こらなかったが、5場所全てで優勝力士が変わった。また、横綱白鵬が引退前の約5年間は休場が繰り返されたが、その休場場所では初優勝力士の誕生や平幕優勝が続出した。その頃から角界の現状を言い表す「過渡期」という言葉は、今も続いているように思う。

優勝力士の顔ぶれが多彩なのは、それはそれで優勝争いが盛り上がる上で悪くはない。ファンによって「推し力士」が分かれるのは、多様化の時代にあって健全な姿かもしれない。ただそれも「番付社会」にあっては、強い横綱、大関が壁となって立ちはだかり、その壁を突き破ってこそ価値も上がろうというもの。ここ数年は場所の中盤にして「今場所は優勝ラインが11勝に下がるんじゃないか」と心配することが多い。やはり強い横綱、大関が引っ張る、ハイレベルの優勝争いが見たい。秋場所の優勝を決める千秋楽の玉鷲-高安戦は、本来の番付順では幕内前半戦に組む割を後半に回したと聞く。審判部の苦肉の策がなければ、千秋楽の後半戦が“消化試合”の様相を呈したと思うと寂しい限りだ。

31年ぶりの“珍事”となるか、回避されるのか-。その結果は九州場所で出る。過去、初場所から秋場所までの5場所全てで異なる優勝力士を輩出したが、最後の九州場所で年間複数回優勝力士が出た例は、別表<2>のように3例ある。

別表<2>初~秋場所まで異なる優勝力士

いずれも珍事を回避したのは大鵬、曙、白鵬の横綱勢だ。その伝で言えば、両膝の状況次第というリスクをはらむが、照ノ富士が3場所ぶりの賜杯で横綱の意地を見せるのか。また、2度目の大関挑戦となる若隆景が足固めを2度目の美酒で飾るのか-。もちろん余勢を駆っての玉鷲、驚異の巻き返しで御嶽海、捲土(けんど)重来の逸ノ城も、珍事回避の担い手だ。

一方で、31年前の混戦イヤー再現に手ぐすね引く力士が出現するのも、活性化の上で悪くはない。過去2度の12場所中、4人が名を連ねた佐渡ケ嶽勢の再現となれば琴ノ若など、そろそろ大化けしてもいいだろう。土俵を所狭しと動き回る翔猿などが旋風を巻き起こしても面白い。もちろん、2年前に優勝を果たした貴景勝が、番付上位の意地を見せてくれるのもいい。どちらに転んでも千秋楽の、これより三役で決まるようなハイレベルの優勝争いに期待したい。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

御嶽海(22年7月13日撮影)

逸ノ城(22年7月15日撮影)

照ノ富士(2022年9月13日撮影)

玉鷲(2022年9月23日撮影)

気になる“くにもん”新十両・対馬洋「幕内、三役を目指していきたい」ご当地九州場所から飛躍

9月28日、新十両会見を行う対馬洋と師匠の境川親方

大相撲の館内アナウンス。力士を呼び上げる際、所属部屋とともに「○○出身」が紹介される。同郷を示す「くにもん」という言葉があるように、同じ地元出身の力士に相撲ファンは熱い視線を注ぐ。

ちなみにこの原稿を書いている記者は長崎市の生まれ。報道する公平であるべき立場ではあるが、やはり「くにもん」は気になる。

秋場所では長崎・平戸出身の22歳、平戸海が新入幕を果たした。若者らしい、立ち合いから思い切りのいい相撲で初日から3連勝と場所を盛り上げたが、4日目に千代翔馬の立ち合い変化を食らってから少し歯車が狂った。千秋楽に残念ながら負け越しとなったが、楽しみな将来性は示した。苦い経験を糧に必ず、幕内上位で活躍してくれると思っている。

そして九州場所(11月13日初日、福岡国際センター)で、同じ境川部屋の対馬洋(29)が新十両昇進を果たした。秋場所は東幕下4枚目で5勝2敗。何度も幕下10枚目内で関取昇進のチャンスを得ながら、つかめなかった関取の座。新十両会見では「まだ実感がわいていない。ふわふわした感じです。自分が今場所できることはすべてやった。結果だけをドキドキしながら待っていました。師匠の口から昇進したと聞き、すごくうれしかったです」と心からの喜びを語った。

しこ名から長崎・対馬の出身かと思ったが、諫早市で両親が対馬の生まれという。さらに大正時代に出羽海部屋で大関として活躍した「対馬洋弥吉」にちなむ。師匠の境川親方(元小結両国)は「最初は(元大関が)おじいさんだかひいじいさんとか思っていたが、調べたら違った」と裏話を明かした。血縁こそないが対馬洋は「(しこ名は)大きいと思いました」と励みにしてきた。

元大関は資料によると190センチ台の長身ながら体重は100キロを少し超えた細身。しかし、つり技を得意にするなど取り口は豪快だったという。現代の対馬洋も身長は185センチだが、体重は130キロ台後半と大きくはない。「精神的にも肉体的にも強い力士になりたい」と先人に学ぶところは多い。

日大で東日本学生相撲選手権優勝などの実績を残した。しかし4年時に左膝に大けが。16年夏場所で初土俵も、左膝のけがのため全休と異例の事態から大相撲人生がスタートした。

初土俵では1場所“兄弟子”だが、年はかなり下の同郷、平戸海は「気になる存在」だ。これからは稽古場で同じ白まわし。切磋琢磨(せっさたくま)してともに番付を上げていきたい。

境川親方は「運動神経がいい。スピード感がある。最後の最後まであきらめない」と素質を評価する。その言葉を受けた対馬洋は「気合を入れて、相撲に向き合っていきたい。これから番付を上げて幕内、三役を目指していきたいです」と意気込みを語った。ご当地九州場所が“出世の階段”への入り口となる。

さてあなたの「くにもん」は? 調べてみると相撲観戦の楽しみの幅が増えること必至です。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

対馬洋(2021年11月26日撮影)

「手押し相撲界の横綱を目指せるかも」親方に2連勝&ちゃんこ三昧で大盛況の感謝祭楽しむ

手押し相撲で元幕内誉富士の楯山親方(右)を下す平山記者

6、7日と東京・両国国技館で行われた大相撲のファン感謝祭は、2日間で計約9000人を動員した。降りしきる雨や冷たい風に悩まされる悪条件の中でも、関取衆と親方衆を巻き込んだ魅力ある企画が盛況につながった。来場客の笑顔と陽気な声が会場内の至る所から聴こえてきた。取材する記者も楽しんだ。

仕事が一段落した最終日の夕暮れ時。手押し相撲コーナーに並んで、元幕内誉富士の楯山親方と対戦した。土俵シートの真ん中で見合うと、180センチ、100キロ超の体は親方と全く遜色ない。イケる! そう心の中で自分にハッパをかけた直後、親方が視界から消え、鋭い立ち合いからもろ差しを許すと、なすすべなく土俵外へと追いやられた。手押し相撲だと思っていたので出遅れたにしても、やはり相撲では全く歯が立たない。

ただ、手押し相撲は違う。実は記者、この競技で負けたことがほとんど記憶にない。両膝をほんの少し曲げてバランスを取りつつ、相手が仕掛けたところでカウンターをお見舞いする戦法。サッカーと山登りで鍛えてきた足腰が自慢で、小学校、中学、高校、大学と連戦に連戦を重ねて数々の白星をつかんだ。

楯山親方との一番でも、その力を存分に発揮した。2連勝。勝ち名乗りを受けても土俵から下りず、後ろで並んでいたファンを少し待たせてしまうほど喜んでしまった。当然、親方は手加減してくれているだろう。それでも親方と手押し相撲ができたこと、奇跡的に2連勝で締めくくれたことは自分がファン感謝祭に参加した思い出として、一番心に強く残った。

そばで見ていた人たちからもたたえられ、「手押し相撲界の横綱を目指せるかもしれない!」と調子に乗るほど上機嫌。終わったあとにはちゃんこグランプリに出場した3部屋のちゃんこを食べて、大満足の2日間になった。

実行委員長で事業部長の陸奥親方(元大関霧島)は「今のお相撲さんは、ファンサービスがうまくて優しいね。たくさん来てホッとした」。17年ぶりの感謝祭。次回はどんなかたちで行われるのか。開催が待ち遠しくなった。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

ファン感謝祭で販売されたちゃんこ(撮影・平山連)

秋場所奮闘も苦難の場所…北勝富士“中日勝ち越し”もV争いの重圧かかり「あと7番もあるの?」

隆の勝(手前)と張り合う北勝富士(2022年9月17日撮影)

9月25日に幕を閉じた大相撲秋場所は、平幕の玉鷲が昭和以降最年長優勝を果たすなど鉄人ぶりを見せた。

横綱照ノ富士は途中休場し、大関陣や三役陣らは振るわず、平幕力士らが優勝争いを引っ張った。初優勝を狙う力士も多く、中でも初日から9連勝と勢いに乗っていた西前頭8枚目北勝富士(30=八角)の奮闘は目立った。

8日目に自身初の“中日勝ち越し”を決め、9日目にはここ直近の場所で存在感を出している若元春を下して9連勝とした。さぞ体の調子も良く、精神的に波に乗っているだろうと思い感想を聞くと「実は精神的にも肉体的にきつかった。勝ち越しなのに余裕がないというか」と振り返った。

意外な答えだった。連勝が続くと前向きな気持ちを口にする力士がほとんどなのだが、北勝富士はそうではなかった。では、なぜそう思ったのかを聞いた。

北勝富士 自分の場合はいつもなら11日目とか13日目とかぐらいに勝ち越しが決まる。連勝を続けるのは難しいし、場所終盤に何とか勝ち越せることが多い。だけど今回は初めて初日から8連勝して8日目に勝ち越しが決まった。だから「まだあと7番もあるの?」という気持ちになってしまった。やっぱり初日から当たり前のように連勝する横綱や大関のすごさを身に感じました。

どの力士も、まずは勝ち越すことを一番に考える。横綱、大関陣らはさらにその先の優勝争いを見据えて土俵に上がるだろうが、平幕力士はまずは勝ち越して番付を上げ、三役を目指す。もちろん、優勝を狙わない力士はいないが、やっぱりまずは勝ち越すことが大事だ。三役経験者の北勝富士も秋場所は平幕として臨み、返り三役に向けてまずは勝ち越し、というのが一番にあったはず。

そういった心境で臨み初日から9連勝した。自身最速で勝ち越しを決めたのは喜ばしいことだが、次にのしかかるのはいつ黒星を喫してしまうのかや、優勝争いへの重圧などだ。結果、初黒星を喫した10日目から3連敗するなどし、14日目に優勝争いから姿を消した。1つの目標である勝ち越しを決めたとは言え、北勝富士にとっては苦難の場所だったようだ。

しかし「今場所は勉強になりました。この年になっても学ぶことはまだあるんだなと思った」と1場所を通して、新たな発見があったという。強豪の埼玉栄高から日体大に進み、15年春場所で初土俵を踏んで7年。7月に節目の30歳を迎えた実力者の北勝富士は、秋場所の経験を糧に、さらなる高みを目指す。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

宮城野部屋、朝稽古ならぬ夕稽古で下半身強化 現役時代から取り入れていた親方発案トレ早速効果

川副(手前)は切り返しで北天海を破り勝ち越しを決める(撮影・小沢裕)

外はやや薄暗い。時間は5時。午前、ではなく午後5時だ。宮城野部屋の力士らがまわしを締めて、8月からの新天地、旧東関部屋の稽古場で体を動かす。涼しい風を感じながら、朝稽古ならぬ、夕稽古で場所前に調整していた。

7月末に師匠になった宮城野親方(元横綱白鵬)の発案だ。同親方が現役時代から取り入れていた稽古方法。朝稽古とは別に実施し、主に下半身トレーニングを行う。朝稽古後の午後にジムなどでトレーニングを行う力士は多くなってきたが、部屋の稽古場で体を動かすのは珍しい。30キロのサンドバッグをかついで土俵を歩くなど、出身のモンゴル式ともいえるメニューで下半身をいじめ抜いた。

若い力士を中心に早速、効果は現れている。序ノ口デビュー場所で優勝した大谷は「あのトレーニングを続けて下半身を強化したから、場所前の出稽古で幕下力士と相撲を取っても勝てた」と手応えを口にする。21年学生横綱で幕下15枚目格付け出しデビューの川副も、この日、7番相撲で勝ち越しを決めた。「場所前の師匠のトレーニングのおかげです」と話している。いきなり、指導力を発揮している。【佐々木隆史】

序ノ口優勝を決めた大谷(撮影・小沢裕)
入門会見で宮城野親方と握手する川副圭太(22年8月22日撮影)

行司が「密です」 巡業で人気「初っ切り」も新様式、コロナ禍の時代を反映

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」を披露する大野城(左)と恵比寿丸(2022年8月撮影)

大相撲の夏巡業で来場者100人にアンケートを取ったところ、相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」が最も印象に残ったとの声が相次いだ。担当した高田川部屋の三段目恵比寿丸(31)と幕下大野城(26)に話を聞くと、新型コロナ禍という時代を反映した出し物にするべく意見を出し合ったという。ファンの心をつかんで離さない新様式に、2人とも手ごたえを感じていた。

口に含んだ水を相手の顔に吹きかけるパフォーマンスはコロナ前に恒例だったが、今巡業では採用されなかった。代わりに消毒やマスクの着用といった内容を取り入れた。行司に「密です」と言わせて笑いを誘った場面が印象に残ったという恵比寿丸は「お客さんを笑顔にできた」。大野城も「新しく取り入れたネタに反響があった」と声を弾ませた。

新型コロナの影響で20年5月に亡くなった同部屋の勝武士(しょうぶし)さんも初っ切りを務めた。「お客さんに聞こえなきゃ意味がないから、声を張れ」というかつての助言を胸に土俵に上がる。大野城は「初っ切りに対する思いが強かった」と懐かしむ。演目は真新しくなっても、大役を担う力士たちの情熱は変わらない。「遺志を継いで、勝武士さん以上に盛り上げたい」と誓った。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」を披露する大野城(左)と恵比寿丸(2022年8月撮影)

部屋の味を再現 逸ノ城の元付け人がつくる台湾料理店の逸品ちゃんこ

逸ノ城の付け人を務めた元朱鷺ノ若(ときのわか)の永井史弥さん。今はJR高崎駅近くの台湾料理店の調理場に立っている(撮影・平山連)

群馬・高崎市のJR高崎駅西口から徒歩15分ほどの所にある台湾料理店「來來(ライライ)」は、夜が更けるにつれて地元客でにぎわいを見せる。魯肉(ルーロー)飯、ワンタン、台湾まぜそばといった定番メニューが並ぶ中で、異彩を放つのが「高崎ちゃんこ」。考案したのは、名古屋場所で初優勝を果たした小結逸ノ城(29=湊)の付け人を務めた元朱鷺ノ若(ときのわか)の永井史弥さん(37)だ。

17年に引退し、両親が営む創業36年の店を手伝っている。現役時に所属していた湊部屋ではちゃんこ番を務めたこともあり、店で提供されるちゃんこは逸ノ城らが食べていた部屋の味を再現した。肉、野菜をふんだんに入れ、塩、にんにく、ごま豆乳、トマト、カレーの5種類の味から楽しめる豊富さ。予約のみでも注文が殺到し「町中華にもかかわらず、一度に10~20人のお客さんが来てくれて大変好評です」と話す。

関取になった逸ノ城の付け人を約2年務め、稽古場で胸を出し、時には一緒にモンゴル料理を食べに行った。現役時代に交流を深めたことを思い出し、初優勝の時には自分のことのようにうれしかったという。土俵で奮闘するかつての仲間たちの活躍に刺激を受けながら、きょうも調理場に立っている。【平山連】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

JR高崎駅近くの台湾料理店「來來」で提供される「高崎ちゃんこ」

隆の勝モチーフのキャラクター「ノブドッグ」愛くるしい表情がたまらない グッズの人気も上々

自身をモチーフにしたオリジナルキャラクター「NOBDOG」の化粧まわしと隆の勝(パンダデザイン氏提供)

その笑顔に癒やされる~。平幕の隆の勝(27=常盤山)をモチーフにしたオリジナルキャラクター「NOBDOG(ノブドッグ)」だ。ミカンを頭に乗せて太い眉毛の柴犬は、まさに本人そのもの。2020年九州場所から化粧まわしに採用されているが、活躍はそれだけじゃない。ステッカー、エコバッグ、LINEスタンプなど幅広い展開を見せている。

手掛けたのは、常盤山部屋のオリジナルグッズの制作を担うデザイナーのパンダデザインさん。目指す力士像を尋ねた際に「いろんな人に知ってもらいたい」という願いをくみ取り、相撲とは別の切り口から関心を広げようとキャラクターの作成を発案。戌(いぬ)年生まれの本人にちなみ、好きな柴犬とミカンをデザインに落とし込んだ。

ファンの間でも愛くるしい表情がたまらないと人気も上々で、記者も実はその1人。優勝次点だった夏場所中に存在を知り、ノブドッグのラインスタンプを購入。喜怒哀楽さまざまな場面に応じた40種類のスタンプを日頃愛用している。右肩の負傷で名古屋場所途中休場、今場所は中日を終え4勝4敗。後半戦に向けて白星を重ね、さらにノブドッグが日の目を見る機会を増やしてほしい。【平山連】

秋場所初日、土俵入りする隆の勝

体重170キロ差対決制し話題の小兵、白猿は元サーファー 兄の背中追い高校中退し角界の荒波へ

須山に突き押しで敗れた白猿(撮影・小沢裕)

大相撲の東序二段60枚目の白猿(17=立浪)は、角界では珍しい元サーファーだ。父の影響で小学4年の時から高校を中退して立浪部屋に入門するまでの約8年間、サーフィンに打ち込んだ。

持ち前の粘り腰は波に乗って鍛えたもの。「(サーフィンのおかげで)土俵際で、残りギリギリで踏ん張れています」と強調する。地元三重・市後(いちご)浜や国府白浜に通い詰めて培った体幹の強さを武器にしている。

開催中の秋場所でもその力を存分に発揮したのが、3日目の二番相撲。68・9キロの白猿は、体重238・8キロの謙豊(33=時津風)と対戦した。体重差は成人男性の約3人分? に匹敵する約170キロ。それでも、力強く、「前に、前に」と攻め立てた。押し込まれながらも土俵際で粘り、最後は軍配差し違えで勝ち名乗りを受けた。まさにサーフィンで鍛えた体の強さが生かされたような一番だった。

6人きょうだいの次男で、入門前は「相撲は全然やっていなくて、ほぼ毎日サーフィンでしたね」という。ボードの上では、左足が前のレギュラースタンス。時には大会に出たり、東京オリンピック(五輪)男子日本代表の大原洋人が講師を務めるスクールを受講したりし、腕を磨いた。勢いよく波から飛び出して空中で横回転する「エアリバース」が好きな技で、大技を成功さようと、複数所有するマイボードで練習を重ねた。

そんな日々は高校2年の頃に変わった。かつて佐渡ケ嶽部屋にいた元琴浦崎で兄の浦崎恭乃介さんの背中を追い、高校を中退して大相撲の世界に飛び込んだ。相撲の経験はほとんどなかったが、土俵上で奮闘する兄の姿に引かれた。

家族も背中を押してくれたことで立浪部屋の門をたたき、昨年の夏場所で初土俵。兄2人を追うようにして、三男で東序二段54枚目の豈亜(がいあ)も同部屋に入り稽古相手として切磋琢磨(せっさたくま)している。

6日目に東大相撲部出身の須山との三番相撲に敗れ「いやぁ~、強かったですね」と悔しさをかみしめた。まだまだ、大相撲という荒波にテイクオフしたばかり。将来の目標は「翔猿関、翠富士関や炎鵬関のような小兵力士として活躍して、関取になりたい」。そう語る17歳の目は、故郷・伊勢志摩の光る真珠のようにキラキラと輝いていた。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

◆白猿(びゃくえん) 本名・浦崎太陽。2004年(平16)10月5日、三重・志摩市生まれ。高校2年で中退し、立浪部屋に入門。昨年5月の夏場所で初土俵。しこ名は「申(さる)年」などが由来。趣味は映画を見ること。体重は公式では68・9キロだが、「今は72、73キロ」を目指し増量中。

須山に土俵際へ攻め込まれる白猿(左)(撮影・小沢裕)

元尾車部屋の友風と矢後が初対戦「これからも切磋琢磨」別れても変わらぬ同部屋同期への思い

尾車親方(右)と会見後、新番付のしこ名を笑顔で指さす友風(2019年2月25日撮影)

何度、ぶつかり合ってきただろうか。思い出される懐かしい尾車部屋での稽古場。しかし、ここは国技館の本土俵。初対戦を振り返った幕下の友風は「最高に楽しみにしていた相撲だった。負けてもそう言える一番だった」と振り返った。

二番相撲となったこの日、目の前には矢後がいた。17年夏場所。ともに尾車部屋から初土俵を踏んだ同期だ。同学年で同じ学生出身。入門以来、同じ稽古場で高め合ってきた。師匠だった尾車親方(元大関琴風)の日本相撲協会の定年に伴い、2月に尾車部屋が封鎖。友風は二所ノ関部屋へ、矢後は部屋付きの押尾川親方(元関脇豪風)が興した押尾川部屋に転籍。部屋が別々となったことで対戦が実現し「稽古場で何百番も相撲を取ってきた矢後と戦えることに喜びを感じた」としみじみと話した。

ともに幕内経験があるものの、ケガに悩まされて幕下にいる。友風は「またやりたい。これからも切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」と意識。一方の矢後も「またお互い上に上がれれば。今後はもっと上で当たりたい」と話す。部屋が変わっても、同部屋同期への思いだけは変わらない。【佐々木隆史】

新入幕を果たし自身の番付を指さす平幕矢後(左)と師匠の尾車親方(2018年12月25日撮影)

 取組を見るだけじゃ分からない、日刊スポーツの大相撲担当記者が土俵周辺から集めてきた「とっておきネタ」をお届けします。